アメリカの自動車大手がEV(電気自動車)事業で苦悶している。GM・フォード・クライスラーの大手3社(ビッグ3)は、今期EV関連で約8兆円の損失を計上した。

業績悪化のきっかけは、トランプ政権のEV政策の転換である。

バイデン前政権は、中国に対抗してアメリカ国内にEV産業を育成することを目指し、北米で組み立てたEVを購入すると最大7,500ドル(114万円)の税額控除を受けられる仕組みを導入した。ところが、トランプ政権はこの税額控除を廃止し、環境規制も緩和した。この政策転換で、ビッグ3はEV開発の中止を余儀なくされ、巨額の損失が発生した。

この件について、SNSやネット掲示板では「トランプによる人災だ」「ビッグ3も大変だな」「EVに全振りしなかったトヨタは正しかった」といった感想が聞かれる。個人的には、さらに国の産業政策のあり方について考えさせられた。

もしトランプ政権がEV優遇政策を転換していなかったら、ビッグ3のEV事業はどうなっていただろうか。

政策を維持あるいは強化したとしても、遅かれ早かれビッグ3のEV事業は行き詰まっていただろう。理由は以下の3点だ。

①    中国のEVメーカーが急速に競争力を高めている

②    中国メーカーの攻勢でEVの低価格化が顕著で、採算を取りにくくなっている

③    ビッグ3の開発力が低下し、中国勢に対抗できるEVを開発するのは難しい。

とくに注目したいのは、あまり指摘されていない③だ。

アメリカだけでなくどの国でも、かつて隆盛した国内産業が衰退すると、政府は復活させようと躍起になる。しかし、ある産業が衰退すると技術基盤が失われ、簡単には元に戻せない。田んぼを普通の土地に転用すると土壌が変わってしまい、簡単に田んぼに戻せないのと同じだ。「国内産業復活」という掛け声は勇ましいが、容易なことではない。

と考えると気になるのが、高市政権が推進しようとしている国内造船業の復活だ。

わが国の近代造船業は、1898年の三菱重工業による常陸丸建造に始まり、戦後急速に発展し、1956年から2000年まで建造量世界一だった。しかし、1990年代に台頭した韓国勢、2000年代に台頭した中国勢が圧倒され、あっという間に衰退した。いま日本勢は、国際市場ではフォロワーやニッチャーのポジションで、多くが存亡の危機に立たされている。

今回、造船業復活を目指すにあたって、関係者には「韓国勢・中国勢に建造量では負けているものの、日本の造船所の設計力はまだまだ健在だ」という楽観論がある。一方、「現場の生産技術力や技能の低下が顕著で、良いものを設計しても作れない」という悲観論がある。

私は造船業の専門家ではないので、どちらの見解が正しいのかはわからない。しかし、衰退を食い止めることはできても、韓国勢・中国勢と互角の競争をするのは困難で、復活には限界がある。どこまで復活させるべきか、そもそも復活させるべきなのか、慎重な検討が必要だろう。

同じようなことが、高市政権が目指す食糧やエネルギーの自給率100%にも言える。たしかに、湯水のように補助金をつぎ込めば、国内で自給できるかもしれない。しかし、補助金漬けで作られた製品はコスト高で、日本国民はバカ高い買い物に付き合わされることになる。それが国民にとって良いことなのか、誠に疑わしい。

今回ビッグ3は、アメリカ国内での自力のEV開発を断念し、中国勢との協業を模索している。わが国も、中国を敵視して自力の国内産業復活にこだわるのが本当に正しい道なのか、しっかり検討したいものである。

(2026年2月16日、日沖健)

 

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