O爺『春風亭一之輔のおもしろ落語入門』を孫に贈る   

 人生の落伍者にならないように、恥ずかしくない大人になるために、と称して、孫を落語会に連れ出すようになって一年になる。その成果か、近頃やたらと世の中の出来事について斜に構えて語ったり、人の心の裏側を読もうとしたり、「間男って何なのよ?」といった類いの、俄には返答しかねる質問を発したりと、想定外の方向へ進み始めているようで、そろそろ落語会めぐりをセーブしなくてはと思い始めている。
 

 当初は、柳家喬太郎が気に入り、O爺が買ったDVDなども食い入るように見ていたが、PG-12指定かR-15指定ではないかと思われるような下ネタ落語も多く、喬太郎を避けて師匠の柳家さん喬の独演会に連れていったところ、江戸落語の王道である人情噺をいたく気に入り、その後、春風亭一之輔や古今亭文菊、桃月庵白酒にハマり、最近では柳家三三にのめり込んでいる。落語をはじめて見たのが大学生になってからというO爺からすれば、何とも幸せな小学生なのだ、この孫は。
 

 やがて塾に通い始めることが予想される孫をこれ以上遊びの世界に連れ出すことは気が引けるので、落語関係の書物をプレゼントすることにしようと探したところ、面白い本が見つかった。『春風亭一之輔のおもしろ落語入門』『春風亭一之輔のおもしろ落語入門おかわり』の二冊だ。それぞれに定評のある古典落語の中から一之輔の得意ネタ、好きな噺が七席ずつ紹介され、ちょっとした解題と注が施され、落語によく出てくる用語の解説が記された、格好の入門書なのだ。全文総ルビで、そこに小学生の頃からラジオで落語に親しんでいたという山口晃による画が付され、入門書に相応しい編集になっている。山口は、時空が混在し、さまざまな事象と風俗を描き混んだ都市鳥瞰図・合戦図などで高く評価された画家だ。文字忘れをはじめとして「呆け」の兆候が出はじめている老耄O爺にとっても、実に好ましい本になっている。
 

 収録されている噺は、『春風亭一之輔のおもしろ落語入門』中に「転失気」「鈴ヶ森」「初天神」「堀之内」「あくび指南」「長屋の花見」「井戸の茶碗」の七篇、次いで『春風亭一之輔のおもしろ落語入門おかわり』中に「つる」「桃太郎」「かぼちゃ屋」「粗忽の釘(漫画)」「化物使い」「代脈」「芝浜」の七篇。それぞれに「開口一番 :落語の世界へようこそ」「中入:生の落語はどんなもの?」、「開口一番 :落語のおかわり、大盛りで!」「中入:一之輔師匠に聞いた「落語家」への道」が付され、寄席で落語を七席ずつ聴く体になっている。

 書物の記憶〈05〉
 落語春風亭一之輔 山口晃『春風亭一之輔のおもしろ落語入門』(小学館 2016年  

 4月4日)

 落語春風亭一之輔 山口晃『春風亭一之輔のおもしろ落語入門おかわり』(小学館 

 2019年6月12日)

         

    『春風亭一之輔のおもしろ落語入門』    『春風亭一之輔のおもしろ落語入門おかわり』

 

 「読んでから聴くか、聴いてから読むか」(帯に付されたコピー)。

 このコピーは、1976年、衰退の一途を辿る日本の映画界に彗星のごとく現れ、書籍 

 との連動やテレビを使っての宣伝といったメディアミックス展開を行ない、世の中

 に一大旋風を巻き起こした角川映画の斬新なコピー「読んでから見るか、見てから

 読むか」を想起させる。著者は春風亭一之輔。2001年、日本大学芸術学部卒業後、

 春風亭一朝に入門し、2004年、二ツ目昇進と同時に改名。NHK新人演芸大賞、文化

 庁芸術祭新人賞などを受賞し、2012年、異例の21人抜きで真打ちに昇進した異才。

 

 両書に収録された「初天神」「鈴ヶ森」「かぼちゃ屋」「粗忽の釘」は得意ネタの

 ひとつ、いやよっつ。各席の冒頭に簡単に要旨が示され、結びには聴き所について

 の「ひとこと解説」が加えられていて、楽しく読める。たとえば、「お父っつぁん

 が聞かせてくれるおとぎ話の桃太郎。それを聞いていつの間にかスヤスヤと夢の中

 ――。なんていうのは昔の話? 今時のこども金坊は、お父っつぁん話す物語にツ

 ッコミを入れて、お父っつぁんを困らせます」(桃太郎)とか、「この噺は子ども

 が主役だと思っていたんですよ、自分が親になるまでは。でもね、これはお父っつ

 ぁんが主役。今の私には、お父っつぁんの気持ちが、よーくわかります。読者の皆

 さんには、金ちゃんみたいな子にはならないでほしいですねぇ、ほんとに。お父さ

 んには優しくしてあげてね」(初天神)とかいった具合。

 

 「噺の舞台は、江戸の町」という見開き頁の解説では、古典落語の舞台を構成する

 「大店」「長屋」「お寺」「武家屋敷」「屋台」について簡潔にして的を射た説明

 がなされ、各噺に登場する人物についても聴く者の想像力を刺激しつつ、そのキャ

 ラクターがイメージされやすいようにイラストを効果的に活用している。

   

「鈴ヶ森」冒頭

「転失気」結末

 

 「落語のしぐさ」では、「上・下を切る:年下や目下の者が話すときは上手(左) 

 向きで、目上の人が話すときは下手(右)向きで」とか、「両手を胸の前で合わせ

 る:子どもを表します」「時折、襟元を直す:女の人を表します」とかいった具合

 に見事な説明がなされ、小学生から大人まで、楽しく落語の世界を理解できる、絶

 好の入門書になっている。山口晃の画も抜群の出来である。

 

「ゆかいなキャラクターの登場人物」