何かを議論している時に、すぐ「じゃお前は○○した経験あるのか?」という人がいます
例えば、野球のFA制度について議論している時に「じゃ、お前野球やったことあるのかよ?」という具合に。
野球を実際にプレーしたことがないなら野球の制度について意見をするな、というわけです。
一見有効な反論に見えなくもありませんが・・・
しかし、経験がどう、などと言いだしたらキリがない、誰も何も言えなくなってしまうと私は思います。
上記の例で言えば、野球を経験したことのある人だけが意見を言える。
じゃ映画や音楽だったらどうだろう
楽器を弾いたことがない人はバンドの善し悪しを言うことはできない。「今回の新曲はイマイチだったなぁ」と言うこともできない。映画を創った事がなければ映画の評論をすることもできない。だとしたら、関係者しか意見を言えなくなってしまいますね。映画を創ったことのある人なんてそうそういませんから
AMAZONのレビューに星一つの評価を付けることもできません。だって経験がないんだから批判する資格が無いんでしょ?・・・とこんな事を言いだしたらレビューサイトの存在自体意味が無くなってしまいますね。関係者だけが内輪で評価し合うだけのレビューサイトなんて何も面白くないですからね
誰が何について語ろうと、何を意見しようと自由なんです。経験がどうかを聞いても仕方がない。
新橋のサラリーマンがよくインタビューで「今の政治家はダメだ」なんてコメントしているのを見ますが、彼らだって政治家の経験があるわけではありません。政治経験ある人の意見に価値があって、政治やったことのない人の意見に価値はない!なんて言うなら、世論調査なんて最初からしなければいい。
音楽やスポーツでも同じ。まったく楽器できなくて、運動したことのない人でも意見を言う資格はあります。CDやDVDを買い、ライブ会場や球場や映画館に足を運ぶのはほとんどが未経験者です。レストランに来て料理のうまいだマズイだを判断するのはほとんどが料理素人です。素人を相手にするのがプロなのです。だから、素人がプロに意見を言ってもいいのです。(ただし、その場合も、技術的な事にはあまり触れず、音楽を「聴く側」映画やスポーツを「観る側」の視点で意見を言うのが望ましいと考えます)
一番しょうもないのは、中途半端な経験をアピールする奴です。
上記の例で言えば、ちょっと野球経験のある奴が「俺は高校まで野球経験があるんだ!お前は無いだろ?だから俺の意見の方が説得力があるんだ」というような場合(ネットではよくあります)
しかし、それなら「じゃあプロになってから言えば?」という話になってしまうわけで、もうキリがないです。
草野球の経験を自慢しても恥ずかしいだけです。それをアピールしたところでその人の意見に説得力が増すかといえばそうではありません。
意見は誰が言ってもいい。
「お前は~の経験あるのか?」はそもそも議論をすることを拒む態度であり、相手の発言の自由を奪う行為なので、こういうことは言わないほうがいいと思います