「ただいま。」

 真夜中の12時を過ぎた頃、囁くような声で扉を開ける。ギィ〜と黒く重い鉄の扉を開ける。中にあったのは真っ暗な玄関だった。

「まぁ、寝てるよね。」

 靴を脱ぎ、居間に向かう。居間にあるのは四角の机と茶色い椅子が4つだけ置いてあった。

「疲れたからお酒でも飲もう。」

 冷蔵庫を開け、中を物色する。目を動かしていると一杯のお酒とレトルトのハンバーグが置かれていた。

「そういうことね。」

 ハンバーグを取り出し、水を手鍋に入れて沸騰するのを待つ。

「沸騰するのに時間は掛かるものだよなぁ〜」

 すぐ出来ると期待して胸を弾ませていたがすぐには出来ない。現実というのは常にこんなものだ。

「帰ってきたんだ。」

 後ろから声がする。何か冷たいものが自分の中から湧き出てくることを感じながら振り向く。

「ただいま。」

 少しの間を空けてからぶっきらぼうに口を開ける。

「お帰り。」

 どこか嬉しそうな表情を自分に向け母は言う。

「お湯沸いたわよ。」

 母は自分の顔を見た後にゆっくりと居間の椅子へ腰を下ろす。

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

 どこかドヤ顔みたいな少しムッとくる表情をしてお礼を返す。そんな顔を見て自分は眉を顰めながらハンバーグを入れる。

「お疲れ様。お酒飲む?」

「飲むけど、何?」

「そう。だったら。」

 椅子からゆっくりと腰を上げ、冷蔵庫へとぬぅーと手を伸ばし子どものようなキラキラした目でとあるものを探す。

「あっ!有った!」

 それを何かおもちゃを見つけた子どものように無邪気に取り出す。取り出されたものはそこら辺のコンビニで売ってる。少し根が張るウィスキー。

「またそれを飲むんだ。」

 自分は蔑むかのような目で母を見る。

「そうだけど。いやなの?」

 ため息混じりに自分は口にする。

「確か、飲み過ぎで血糖値が基準値オーバーしてるんじゃなかったっけ?」

「そんなことないよ。」

「そう。早死にしても知らないよ。」

 母はどこかドス黒い何かを隠したかのような笑みをこちらに向ける。

「良いね、それはそれで。」

 そう言って母はウィスキーをプシュッと音を奏でる透明な炭酸で割り、ガラガラからとコップに注ぐ。

「あっそ。」

 自分はレモンサワーの缶を開けて、ハンバーグをご飯の上に乗せお酒を飲む。

「最近どう?」

「何が?」

「仕事のことよ。」

「何も変わってない。」

「変わってないんだ。」

「そうだけど。」

「そう、何処かつまらなさそうな顔をしてるのはその為?」

 その言葉を言われた途端、自分は口に含もうとした箸を止める。

「そう見える?」

「そう見える。」

 その言葉を言われた途端、自分はため息を吐き、一杯グビっと飲む。

「自分は、今の選択に満足してないんだ。」

「どうして?」

「もっとやれることがある、出来ることがあるかも知れないから、満足できない。」

 その言葉を聞き母はクスッとバカにするかのように笑う。

「何?」

「ううん。アンタがそんなことで悩んでるんだと思ってさ、しかも、今まで話してくれなかったじゃない?」

「今日は酒が入ってるから話すだけだよ。」

「そう?だったらあなたの問いに答えるわね。」

 母は自分に得意げに答える。

「まずは、心に聞きなさい。そして、先を考えるのをやめなさい。考えれば考えるほど動けなくなる。」

「動けなくなる。」

「それから考えなさい。やりたいことを。」

 自分はその言葉を言われた時ふと笑みがこぼれる。

「ありがとう。やりたいことを優先するよ。」

 それを聞いて母はニコッと微笑む。

「頑張りなさい。」

「ああ。」

 グラスと缶をぶつけてカコンと音を鳴らしてから飲み干す。