詰まるところ、由緒正しい温泉。よく昔の日本を題材にする作品だと地面に穴が開いて温泉が出る。的なアレ。この煙はラジウムの煙、こそがその証だ。
そんな解説はさておき、自分は冷えて、疲労の溜まった鉛の体を湯船に浸ける。湯船に下半身を入れた途端に体から幸せの波動のような、ストレッチやマッサージでは得られないような気持ちの良い快感が放出される。このような物が人の体に取り込まれて良いものだろうか?そう思えるほどの幸福感。その幸福に身をまかせて上半身もつける。
「幸せだ・・・」
その一言を皮切りに、体に温かい想いが知れ渡る。まるで、誰かに支えられているような気持ち。
キリスト教の絵画には天使が連れて行くような描写がある。天使に支えられた現世の人の気持ちはこのようなものだろう。ここに入ればそのような体験が出来る。そうお墨付きをさせて貰おう。
「とは言っても、ラジウムか・・・・。」
ラジウム・・・それは人類で悪として扱われやすい存在。そして、人の業、企業の闇を煮詰めたかのような、事件を起こしてしまった存在。
アメリカでは『ラジウムガール』で有名な事件だ。お金が無く、貧しい家庭の為に命を切り詰めた者や国のために働いた者、その人達の人生はまるで緑く輝くスーパーの棒花火のように、ほんの少し、時間の流れが速く感じるぐらい輝いていたのだろう。しかし、光は何かのきっかけで消えてしまう。彼女達の死から安全性や危険性は認知された。最後の生き残りの人はここまで起きたことで何を感じ、今のラジウムの扱いをどう思うのだろうか。
「なんでもそうだが、どうしてそれができたのかを考えるのが大事だよな。」
肩まで禁断の泉に浸かり、岩盤の間からまるで修行僧の滝打ちぐらい行き良いよく叩き落ち、滝のように流れる温泉を眺める。
ここまでラジウムのことを悪く言ったが、あくまで、多く摂り過ぎた結果、危険なことになっただけの事、今入っている温泉は死ぬわけでも危険なわけでもない。
そこは勘違いしないして欲しい。
さて、ここまで解説しているうちに申し訳ないが、実は、温泉を出てしまった。
「いや、そこを説明しろよ!!」そう思うものもいるかも知れないが、すまない。現在、木造のサウナ室にいる為、思考が遅れてしまった。そして、そろそろ出る気だ。
身体の隅々から危険信号か出てきている事を確認しながらベニア板ほどの横幅がある扉を開ける。出てすぐ右隣に水風呂が・・・・あるのだが・・・・なんかいる。
「ふー気持ちがいい」
大学生ぐらいの肩幅がデカく、ガタイのいい男が殺意を湧くほど気持ち良さそうに浸かっている。
「水風呂は最高!!」
ここは人間一人しか入れないぐらいの大きさの水風呂しかない。
「あああ、癒される〜。」
それを、今目の前にいる人のことを考えられないような脳筋馬鹿が独占している。
「もう少しいるか。」
沸騰しそうな思考を黙らせるように、自分はシャワーの水を冷水にして頭からぶち込む。それから、少し外で外気浴を行ったが整うどころか、不完全燃焼気味だ。
そんな行き場も無くもやもやした気持ちを抱えながら、もう一度サウナに入る。
おじいさんが一人いるだけ。三段の木の椅子が敷かれたサウナの中で、自分は二段目に座る。ここは真ん中ぐらいの暑さで、そこまで熱い者ではない。よく、暑いところに座ってすぐ出るものもいるが、それはサウナを楽しめていないと思う。サウナは自分が長く入れて、多く汗を流すのが大切だ。おじいさんは三段目にいる。歳を重ねれば一番暑いところは大丈なのだろう。そう、今入ってきて大学生みたいに、一番暑い三段目に座っておじいさんの隣で話すのは・・・・・・マジかよ。
「どう?」
「いい温泉だ。」
なんだ、この展開は?
「サウナもいいでしょ?」
どうしてあいつがいる?マジで、ここに来るなよ。お前のせいで俺の楽しみがなくなった!!そんな怒りからか、行き良いよく振り返る。
「ありがとな。残り少ない俺のために」
目に入ったのはお爺さんは何処かやつれたような、複雑そうな笑みを大学生に向ける。彼はお爺さんに一度俯いた後、馬鹿みたいに明るい笑みを向ける。
「俺、頭悪いから、出来ることなんてこれしか思いつかなかったんだ。」
「いいさ。お前と車に乗れて、ここに来れて、それだけでいい。心残りはもう無いさ。」
どこか悲しそうな二人、それで察した。恐らく大学生の彼が出来る限りの恩返しでここに来ているのだろう。
「ここにいるのは良くないな。」
二人を残して、自分はサウナを後にする。
「恩返し・・・俺が爺ちゃんに出来なかったこと。俺が(しよう)という感情が湧かなかったこと。」
そう、自分は祖父の に と思はなかった。無感情だった。生まれて今日までいろんなところに連れて行ってもらい、いろんなところに行った。いっぱい遊んでくれた。同じぐらいお世話になった妹は祖父に死体を見て泣いていた啜り声を上げていた。だが、その姿を見ても、何も感じなかった。自分は を変えないで見つめていた。そして、その時感じた。
「自分は になれない。あんなに家族のために悲しめるのなら、あそこにいるのは違う。」
そう思いながら自分は外の露天風呂で空を眺める。空は雲が一つも無い青空。
「うん。いい空だ」
体が冷えるまで空を見つめる。そうして、冷えて、着替えを終え、帰ろうとロビーの外に出た時、あの二人がいた。しかも、少し影の近くに落としたサングラスに気付いてない。
「やれやれ。」
自分はふらっっと小走りでサングラスの耳にかけるところを持つ
「あの〜」
走っているせいか、いつもより声が出る。声をかけられた二人は足を止める。
「落としましたよ」
少し息を切らしながらサングラスを渡す。
「ありがとうございます」
二人は頭を下げて歩いていく。自分もその二人の背中わ見届けた後、足を進める。
ラジウムの事件は、一人の少女が自分のため、同じ境遇のみんなの為、諦めず、活動したため、解決ができた。彼はこれから、苦しいことが多くなるだろう。碌でも無い上司、クソみたいな社会、そんなものが嫌になろときがあるだろう。
「けれど忘れないで。誰かのために心が動くやつは、絶対なんとかなる。」
夕焼けに染まる空を眺める。空には少し雲が出てきていた。