バイクを買って、半年が経った。

たった250ccのバイクを一台手に入れただけなのに、なんだか少しだけ、人生の行動範囲が広がった気がする。


今までは、どこかに行きたいと思っても、自転車や公共交通機関しか移動手段がなかった。


だから、「行きたい場所」よりも、「行ける場所」の中から行き先を選んでいた。


それが今は違う。「あそこに行きたい」そう思ったら、まず、「バイクで行けるかな?」と考えるようになった。

自分のバイクはオフロードバイクなので、車が入れないような細い道や、ちょっと山の中にあるキャンプ場なんかでも、余裕で行くことができる。


最低限の道さえあれば、こんな250ccの小さなバイクが、自分一人を日本全国、どこへでも連れて行ってくれる。


自分は昔から、ちょっと思っていることがある。


複数人が移動するための手段として、車を使うのは何となく分かる。


でも、たった一人の人間が、例え軽自動車だとしても、660ccのエンジンを回し、1トン近い鉄の箱を動かす。


エネルギー効率や環境負荷ということを考えると、

「ちょっと無駄なんじゃないか?」と思ってしまう。


その点、人一人が移動する手段としてバイクを考えた時、排気量250cc。重量134kg。燃費はリッター40kmほど。


もちろん、バイクだってガソリンを使うし、決して「エコ」ではない。


それでも、一人の人間が移動する手段として考えれば、現代社会では、ギリギリ理に適っているような気がする。


そんなこともあって、自分はバイク派なのだ。


そして今日。急に思い立って、バイクを走らせた。

向かった先は、埼玉県日高市にある「巾着田曼珠沙華公園」。


この時期、ここでは真っ赤な彼岸花、和名「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」が一斉に咲く。


真っ赤な彼岸花を見に行きたいと、ふっと思った。


この歳になって、不思議とバイクで向かいたいと思う場所が変わったような気がする。


30年前にバイクに乗っていた頃は、観光地に行ったり、林道を走ったり、長距離を走ってキャンプをしたりしていた。


とにかく、遠くへ行くこと。知らない場所へ行くこと。バイクで走ることそのものが楽しかった。

ところが、55歳になった今、不思議と、そういった場所ばかりを求めなくなった。


その季節にしか見られないもの。その時期だからこそ綺麗に見えるもの。そんなものを見に行くために、バイクを走らせるようになった。


理由は、自分でもよく分からない。


ただ、この歳になってくると、人生の最後というものが、若い頃よりも少しだけ現実的に見えるようになったから、その一瞬だけ咲き誇る花に、自分の人生を重ね合わせるようになったのだろうか。







真っ赤に咲き誇る、彼岸花。


しばらく眺めてから、またバイクに跨った。


そして家に帰った。……はずだった。

ところが。


ツーリングから戻って、真っ赤な彼岸花に当てられたのか、急に生ビールが無性に飲みたくなった。


そして気が付けば、いつもの駅前の居酒屋に来ていた。


座ってから、生ビールを無造作に注文する。


そして、今日一日に乾杯!


ゴクッ!ゴクッ!。


カァ〜〜‼️


そして、気が付けば15杯飲んでしまった。


我ながら思う。


移動手段には、「エネルギー効率が……」

「環境負荷が……」


などと偉そうなことを考えているくせに、


ただ酔っぱらうためだけに、生ビールを15杯も飲んで散財している。


結局、一番「無駄」なのは、自分じゃないか。


250ccのバイクで、燃費がどうとか、環境負荷がどうとか考えている場合じゃない。


その横で、自分の胃袋に生ビール15杯を流し込んでいる。


これこそ、無駄の極地だ。


……まあ、いいか。


55歳。


30年ぶりにバイクに戻ってきた。


昔とは、行きたい場所も、見たいものも、少し変わった。


でも、こうやって自分の好きな場所へ行って、好きなものを見て、最後にビールを飲む。


それもまた、自分にとっての人生なのだろう。


そんな訳で、今日のツーリングを思い出しながら、やっぱり今日も乾杯🍻