優しい人ほど強くなれ
本当に幸せになれる方法と
健康管理を伝えているひのきです![]()
本当に幸せになるために
食事と考え方は大事![]()
優しい人が
自分らしく生きられる世界は
誰にとっても
生きやすい世界です
優しい人たちが
優しい未来を創っていくことを
信じています![]()
ありがとうございます![]()
結局、私たちは
何かを望まないほうが
平和で幸せになれる。
というところに行きつくのかな?
と思いました。
これは願うことや
願いのある人を
批判するために書くわけじゃないので
そこのところは汲み取ってください。
こういう考えもあるよ
ということです。
願いを掛ける、時点で
良くも悪くも波紋を広げている
エネルギーを動かしているからね。
本当に幸せになる方法は
願い事をしないこと、と
著名な方々も仰っています。
累計納税日本一の
斎藤一人さんも
「望み」は不平不満になるから
何も望まないで
感謝することで
幸せになれる
という風に言っていたりもするし
小林正観さんも
自分の望みを叶えることや
自分の目標を叶えること、
「思いどおりにすること」ではなくて
頼まれごとをやっている内に
「喜ばれる存在」になって
それが使命になっていくのが
人生の目的だと
すでにいただいていることに気がつき
そのことに感謝出来れば
幸せを感じることができる
と言っています。
我が強い時は
なかなか、そういう風に思えない。
でも私にはやりたいことがある!
または
何かやるべきこと、使命があるはず!
って思う。
それが願いになってしまう。
願い=波紋を拡げる
ってイメージ。
願ったことによって
空気を動かしてしまうから
そこに不調和も生まれることがある。
何事も一喜一憂しなくていい。
心配しなくていい。
だって、既に守られているし
大丈夫だからここに生きている。
生きているからには
何か意味があるんだよ。
私たちはいつも
自分が自分の人生を創っていること
それぞれが世界に影響を与えているということを
忘れてしまっている…
それは誰か一人じゃなくて
影響の強さの違いはあれど
皆んながこの世界を創っているし
それも私たち、この次元に生きている人達
だけじゃなくて
例えば、守護霊様とか守護天使とか
想像しやすいもので
思ってくれていいのだけれど
見えない守ってくれている存在達
の影響もある
と、私は思っているんだよ。
だって、それこそ
私たちが未熟過ぎて
好き勝手なことをしたり
間違った願い方をした場合も
それによって
悪影響が無いように
食い止められるように
宇宙の時空が歪まないように
とか…
守ったり
整えてくれている存在が
居るはず。
そういう意味では
何でもかんでも叶えていいわけじゃない。
私たちの好き勝手には出来ない。
いい意味で。
もちろん、自分以外の人の幸せも
願っていて
調和していたり
調和を心掛けている人や
守られていると分かっている人は
大丈夫だよ。
せっかく守られているのに、
調和へと働きかけられているのに、
何かを
すべて自分の力でやっている、
または
自分以外の誰か特定の人が
やってくれている、
または
宇宙が自動的に動いている…
そう思ってしまうことが
実は危険…
それは
「お陰様」ということを
忘れさせる為の
理屈かもしれない。
私達生きてる人間の意識だけで
この世界が出来てるわけないでしょう。
そしたら世界は大混乱だし
とっくのとうに破滅してるって…
それぞれの個人の願いが
すべて自動的に叶っていたら
その当人達のためにもならない
なぜなら、
人は自分がどうなれば幸せになれるかを
分かっていない人が多いから
必要なものはすべて与えられているんだよ。
無事に生きているのは
毎日が奇跡のはずなんだよ。
自分一人の力で生きているんじゃない。
生かされているということは
やっぱりまだ何か
出来ることがあるということ。
![]()
![]()
![]()
![]()
無理をしなくていい。
恐れや心配を取り払って
流れるままに任せれば
すべてが上手く行く。
そういう風に流れさせる
一緒に流れていく
と上手く行く
ってそういう風な思想もあるけれど、
たしかに
心をざわつかせないで楽に居られることを
選択できるなら
そういうこともあり得るのかな。
急にこの本思い出した↑
昔、読んだ。
訳がポエムになってて、すんなり入ってくるよ。
いくつか読んでみたけど
正に!いいね!
むしろ私に足りないのはこの在り方だったかも
欲が無くなるのは、むしろ
「なるようになるでしょ」
「なるようにしかならない」
と思っているからで。
欲しいものが無いわけじゃなくても
「必要な時に与えられるんだろうな」
「絶対に守られてるから大丈夫}
って思えることが
そういう安心感が欲を無くすんだろう。
![]()
![]()
![]()
![]()
私は昔から心配性で不安ばかりだった…
神様の御心に叶った生き方をしたいと
望んでさえいれば
生活に必要なすべてのものは与えられる
って
イエス様の言葉にあるから
何度も何度も
その言葉を読んで安心しようとした。
明日の心配をするのはやめなさい
食べるものや着るものの心配はしなくていい
それは神様を信じていない人達が
心配することだ、と
「第一に神の國とその義を求めよ
さらばそれらのものはすべて与えられん」
(版によって訳は違う)
で、神様が望んでいるのは
神様の御心に叶った生き方とは
私たちが
「お互いに思い遣り深くなること」だと。
どうすべきか、どう生きるべきかは
それぞれが自分の心に
問い合わせればいいと思う。
私は文章で表現したいとか
伝えたいことがある
っていうのが、書いている理由。
それが、もし誰かの役に立ったり
良いほうへ向かいだすような
何かのきっかけになってくれたら
嬉しい。
お読みいただきありがとうございます![]()












