学校で絵本の読み聞かせがあるとき、先生は手話をつけながらおはなしをします。

今日の絵本の中に、「大好き」という言葉が出てきました。

私は、「大きい」+「好き」で表すのかな?と思ったのですが、先生は右手の親指と人差し指を伸ばして出し、胸の左から右へと、力を込めて動かしました。

↓こんな感じ

これは、「とても」という手話だそうです。

そして、絵本が終わったあと、お母さんたちへの補足説明として、

「さっき、『とても』という手話をしましたが、手話の本には、全く同じ形で『ゆっくり』という意味でも載っているものがあります。」

とお話をされました。

そうしたら、聾のお母さんが、

「『ゆっくり』は両手で表しますよ。」

とおっしゃいました。

↓こんな感じ

私も「ゆっくり」は両手で、ゆっくりと弧を描くように動かしていたので、片手で真横に引くような動きでも「ゆっくり」という意味になる、というのは初耳でした。

その後も、おふたりのお話は少し続き…

先生
「たしかにそうなんですが、中には、片手でも『ゆっくり』という意味で使えると書いてある本もあったので…今日は『とても』という意味で使いましたということをお伝えしておこうと思ったんです。」

聾のお母さん
「そうなんですね。でも、手の形が同じでも、顔が違うからどちらの意味かわかりますニコニコ

先生
「そうですよね。『表情が8割』と言われますもんね照れ

聾のお母さん
「ええ、『とても』と『ゆっくり』では、表情が全然違いますニコニコ

最後はおふたりで「うんうん」とうなづきあっていましたが、隣で聞いていた私は「えーーー!そうなの!?」とビックリしていましたポーンあせる



「熱い」と「冷たい」、「バイキンマン」と「鬼」など、全く同じ形で意味が複数ある手話を知らないわけではありませんでしたが…

表情って8割も占めてるんですか!?

先生や聾のお母さんたちが、眉や目元、口元の動きが大きくてわかりやすいのは、手よりも顔の方が大事だったからなのか!?



表情が大事じゃないとは思ってなかったんですが、ほとんどは手話と前後の文脈、口の形で読み取っているんだと思っていました。
(あ、でも口の形は表情に含まれているのかもしれないですね!)

例えば、先日は節分でしたが、まめまきの話をしているときに手でツノを表現したら、それは「バイキンマン」ではなくて「鬼」だと状況から判断できるし、バイキンマンと鬼では口をパクパクさせる回数も全然違うからわかります。

でも今回「『とても』と『ゆっくり』でも表情が違う」とおっしゃったのを聞いて、「バイキンマン」と「鬼」の違いがわかるなんてまだまだ序の口だということを改めて感じましたガーン

そして、口の見えないマスク生活が、どれだけ聾や難聴の方に不便と困難を招いているのかも


だって、情報が半減どころか8割減、音の聞こえ方によってはさらに減ってことですもんね。


健聴でもアクリル板やマスクがあると聞こえないのに

(先日薬局に行ったとき、下を向いてぶつぶつ話されるので何を言われてるのか本当にわかりませんでした耳を傾けて「何ですか?」と聞いても、チラッとこちらを見て少し声を大きくしたと思ったら、またすぐ下を向いてしまって。大事なことなのに気遣いが無いなぁ、息子だったらもっと何も聞こえないだろうなぁと残念に思いました




もともと笑うかそうじゃないかくらいの顔しかできない私←

どちらかというと、表情豊かにするのが恥ずかしい気持ちもあります…

それに、手話をしようとすると、ついつい手指を動かすことに必死になってしまいます。

最近、先生が、子どもたちに「みんな手話が上手にできたね。でも、声が出なくなってるよ。」とよくおっしゃるんですが、もれなく私も当てはまってます滝汗

でも、これからはもっと表情も意識していこうと決意しました!

子どもが小さいから、表情も手の動きも、大げさなくらいでちょうど良いかもしれませんね。

息子と一緒にがんばりますビックリマーク