積年の恨み

東京都江東区の富岡八幡宮の宮司で、殺害された富岡長子さん(58)に対し、弟で元宮司の茂永容疑者(56)は激しい憎悪の言葉をぶつけるなど、2人は10年以上にわたってトラブルを抱えていたとみられる。江戸時代からの伝統を誇る神社の宮司の地位をめぐり、親族間の骨肉の争いの最中に起きた惨劇。神社関係者からは空席となった宮司の後継や、今後の祭事などへの影響を心配する声も上がっている。

 

 

 神社関係者によると、茂永容疑者は30代のころ、父親(故人)の後を継いで一度は宮司となったが、女性問題などをめぐる怪文書が出回るなどした影響で、平成13年に解任された。その後は父親が宮司に復帰していたが、このころから宮司の地位をめぐる対立が激化したとみられる。

 捜査関係者によると、富岡さんは14年1月、警視庁深川署に「宮司の地位をめぐり、親族間でトラブルになっている」と相談。また、茂永容疑者は18年1月、富岡さんに「積年の恨み。地獄へ送る」「必ず今年中に決着をつけてやる」などと記したはがきを送ったとして、同署に脅迫容疑で逮捕されていた。

 神社の内情に詳しい近所の男性(61)は最近の茂永容疑者の様子について、「後継宮司に推していた(茂永容疑者の)息子が4、5年前に一方的に神社を解雇され、宮司である姉への恨みを今まで以上に募らせていたようだ」と打ち明ける。茂永容疑者と妻の真里子容疑者(49)は神社敷地内の住居を離れ、最近は福岡県内で暮らしていたとの情報もあるという。

 

 

 深川八幡祭りで知られる東京・江東区の富岡八幡宮で7日夜(2017年12月)、女性宮司と運転手が宮司の弟と妻に日本刀で切り付けられ、3人が死亡、1人がケガをする凄惨な事件がった。

   警視庁の調べによると、午後8時半ごろ、宮司の富岡長子さん(58)が帰宅して車から降りようとしたところ、弟の富岡茂永容疑者(56)と茂永の妻に日本刀で切り付けられ、殺害された。運転手の男性も切られけがを負った。そのあと、茂永は妻を刺殺し、自分も胸を刺して自殺した。

八幡様の眼前で惨劇

 

 

   いったい姉弟の間で何があったのか。近所の人の話では、宮司の跡継ぎを巡る争いが10年以上も前から続いていたという。茂永は大学の神学科を出て、父親の跡を継いでいったんは宮司についたが、不祥事を起こしたため長子さんに代わった。茂永は宮司に戻りたいと主張し、トラブルが絶えなかったという。

   

若貴ブームに便乗、才覚は出る杭として打たれた
 
 
 同神社は江戸勧進相撲の発祥地として有名で、横綱の名前が刻まれた「横綱力士碑」があるが、同級生は「以前は何のイベントもなく、力士も来なかった」。その新横綱刻名式を再興したのが、宮司時代の茂永容疑者だった。「茂永くんが流れをつくった。横綱を呼び、取材も来るようになった」と振り返った。

 「派手なことが好きだった。富岡八幡宮をふんだんにアピールしていた。先代の宮司に比べたら収入は劇的に増えたと思う」。茂永容疑者が宮司になり3年後の98年、若乃花が横綱昇進時に刻名式を復活させ、同時に土俵入りを披露する「刻名奉告祭」を行うようになり、参拝客は大いに増えた。しかし、氏子には派手なことを嫌う者もいた。10年ほど前には近所に怪文書が出回った。茂永容疑者と富岡さんに向けられたもので、金もうけ主義に対する批判だった。
 

 

 

ホスト通いの姉とベガス豪遊の弟

 
姉はチョーコの名前でホストクラブに通いつめ、一晩100万を使い、枕三昧。
弟は高級車を複数乗り回し福岡宗像で仮隠居を行いながら復讐への恨みを積もらせていったのです。
もうこの時点で宗教者として完全失格なのではないでしょうか。お互い様です。
しかし弟の姉に対する、「おまえは人のこと言える立場なのかよ」という心境はわかるような気もしないではないです。
 
弟の遺書には富岡八幡宮を末代まで祟るとの書き添が
とのことですが。
この神社は恨みを成就させる神社としてこの先盛況することが期待されます。