こんにちは。
日野裕子です。
しばらくブログの更新ができませんでした
私の都合で、何日か家を空け
父親を不安にさせたのがきっかけで、
父親の病気が
急激に悪くなり
手に おえなくなり
主治医に相談
「入院、そのまま施設に入ってもらうしかないですね。そりゃもう、無理ですよ」
決断できない私の背中を
押してくれました
そうなんだ
もう、限界だったんだ
心の張りつめた糸が
一本一本 切れるたびに
こみ上げる思い 溢れる涙
何の涙なのか
わからない
急に出てくる涙涙涙
こんな自分があったのか
入院する病院を予約してかえりました
どうやって
どうやって
病院に連れていこうか
どうしよか・・・・
どうしていいかわからない時は
出来ることをする
二人でラーメンを食べに行きました
以前、父と母が二人でよく食べに行ってたラーメン屋さん
意外に上手に食べる父
おにぎりまで追加して食べてくれた
以前のような食べっぷり
もしかして…
でも、
以前の表情はもどらない
自慢のカラオケも歌わなくなる
食欲もなくなり
「うまい」の言葉もなくなる
つねさん(義父)とも話さなくなる
水虫の薬を塗ろうとしても
どうでもいいとなげやり
「おまえは、味方か?」と小声で聞いてくる
何度も110に、SOSの電話をする
予想以上に病気が進行
見てるだけて
つらくなる
冷やっとさせる事が次々と起こる
その日も、少し目を離した隙に
居なくなりる
慌てて探したところ
近所のお店で発見
転けて怪我して、血だらけの顔で
救急隊やお店の方に
理解出来ない内容を訴えて
幻覚、不安、恐れから
「助けて」
と父
怪我の治療で2つの病院に行きました
二つ目の病院からは、
私ひとりで連れて行かなければならない
「そんなん無理や、どうすんの」
って私までパニック状態
「助けて」
と私
こんなこと言ってる場合じゃない
どうにもならないと諦め
一人でつぎの病院へ
不安ながらも
父は私の言うことを聞いてくれて
そこで夫が来てくれて
ほんとに助かった
来てくれる人がいて
ありがたかった
お一人で介護されている方の心細さを知りました
怪我の治療をした病院で
入院を予約していた病院に
紹介状を出してもらい
検査のためと言って理由を作り
入院させることが出来ました
不幸中の幸いと感謝
入院させられること知った父が
私に訴えた言葉
私をみる畏れと悲劇で潤んだ目が
心に突き刺ささる
覚悟はしてたけど
心が
苦しいって
辛いって
泣いてます
自分の人生を歩むには
さけられない代償






半世紀生きてるのに
親離れしてなかったのか
母親の時とは違う感覚
わからなかった
知らなかった
父親への思い
入院した父に会うのに
2週間もかかった
病院にいっても
会うのがこわかった
田舎から叔母さんが見舞に来てくれた時
やっと、会うことができた
聞いてはいたが
入院時とは違っていた
食事も薬も拒否からはじまり
痩せ細り、声も出ない
昔みた祖父の顔になっていた
お父さんが
生仏さま、ご先祖さまに
なったよう
生活のなか、
以前の父が、出てくるたび
まだ、心が泣いている
だから、急いで家を整理し
新たな生活をスタートしました
つづく・・・
