主人公の設定がなかなかふざけてる。鎧だけで中身のない、不在だが意思の力のみで存在する騎士アジルールフォ・エーモ・ベルトランディーノ・デイ・グィルディヴェルニ・エ・デッリ・アルトリ・デイ・コルベントラス・エ・スーラ。書き写すの疲れた
もともとはただの鎧だったが、語り手言う、言葉と事物が一致せず、多くがまだ混沌だった時代に、世界の秩序付けられてない存在の余剰が鎧に宿ったのがアジルールフォだとか。実にソシュールというか丸山圭三郎というかフーコーというか、カルヴィーノの歴史小説三部作だと一番現代思想っぽいのがこの本だろう
従者のグルドゥルーも、肉体だけあるもののアイデンティティーがなくてなんにでもなっちゃうという設定で、ラカン辺りが喜びそうなキャラだ
この二人の文学的原型はもちろんドンキホーテとサンチョ・パンサだろうが、さらにこの小説の元ネタはアリオストの狂乱のオルランドらしい。意思だけで存在し、異常に規律に厳しいアジルールフォは身体性欠如の近代人を思わせて、彼が煙たがられるのは中世に迷い込んだ近代というのをなんとなく意識する。博識ですれた読者を喜ばせる文学的深読みポイントは盛りだくさん
アジルールフォが自らの騎士としての存在証明である、自分が昔助けた処女ソフローニアが本当に処女だったのかという疑いを晴らすための冒険だが、三部作の中でも、鎧だからと海の底を歩いて中東までいったりむちゃくちゃ加減もピカ一
カルヴィーノの我々の祖先三部作は、この本の訳者の米川良夫氏によると、不在→真っ二つ→木登りの順番で歴史が下っていって、人間の自由の段階を描いているらしい(書かれたのは不在が一番最後)
一番過去にあたる本書では、最後に未来への跳躍と期待に満ちて終わる。歴史やフォークロアに自分たちが生きる時代の思考のヒントを掴もうとしたカルヴィーノの前向きな意志が最後に見えてくるようだ。現代文学初心者にもオススメ。これは面白い
もともとはただの鎧だったが、語り手言う、言葉と事物が一致せず、多くがまだ混沌だった時代に、世界の秩序付けられてない存在の余剰が鎧に宿ったのがアジルールフォだとか。実にソシュールというか丸山圭三郎というかフーコーというか、カルヴィーノの歴史小説三部作だと一番現代思想っぽいのがこの本だろう
従者のグルドゥルーも、肉体だけあるもののアイデンティティーがなくてなんにでもなっちゃうという設定で、ラカン辺りが喜びそうなキャラだ
この二人の文学的原型はもちろんドンキホーテとサンチョ・パンサだろうが、さらにこの小説の元ネタはアリオストの狂乱のオルランドらしい。意思だけで存在し、異常に規律に厳しいアジルールフォは身体性欠如の近代人を思わせて、彼が煙たがられるのは中世に迷い込んだ近代というのをなんとなく意識する。博識ですれた読者を喜ばせる文学的深読みポイントは盛りだくさん
アジルールフォが自らの騎士としての存在証明である、自分が昔助けた処女ソフローニアが本当に処女だったのかという疑いを晴らすための冒険だが、三部作の中でも、鎧だからと海の底を歩いて中東までいったりむちゃくちゃ加減もピカ一
カルヴィーノの我々の祖先三部作は、この本の訳者の米川良夫氏によると、不在→真っ二つ→木登りの順番で歴史が下っていって、人間の自由の段階を描いているらしい(書かれたのは不在が一番最後)
一番過去にあたる本書では、最後に未来への跳躍と期待に満ちて終わる。歴史やフォークロアに自分たちが生きる時代の思考のヒントを掴もうとしたカルヴィーノの前向きな意志が最後に見えてくるようだ。現代文学初心者にもオススメ。これは面白い