深夜の本レビュー三連発最後の一冊、ハインライン思想が一番色濃く出た小説の一つ

ハインラインほどアメリカ的な作家はいないんじゃないかって気がたまにする。それはハインラインがいかにもなアメリカ人を描いてるとかそういう俗な話じゃなく、理念的に、アメリカという国の一番しぶとくて強くてカッコよくて決まってるところを、エンタメストーリーにのせて描ききることができるっていうところ

例えば『宇宙の戦士』と『月は無慈悲な夜の女王』この二つは、ハインラインのかたや軍国主義・右翼的、かたや反植民地・左翼的作品の代表みたいに見なされる。しかし、オレにとってこの二つの作品はひとつの糸で繋がってる印象を受ける


それはあるいは『リバタリアニズム』精神という言葉で語ることが可能だろう。宮台真司さんが、以前ツイッターでリバタリアニズムのことを、同胞への共感、信頼を軸とした主意主義と権力への不信を基礎とする自治主義になぞらえて語っていた。宇宙の戦士は同胞への共感、信頼と強い意思の肯定と克己主義、月は無慈悲な…は月植民地の反逆を描きながら、その自治主義的側面が色濃く出てる。どっちもアメリカ的な精神要素というのに反対する人はあまりいないだろう。事実、『月は無慈悲な夜の女王』はリバタリアニズム系の本でもよく紹介される


さて、宮台用語で言うなら、右翼の本義が情念の感染による主意主義なら、左翼の本義が飽くなき解放への欲求。そしてどっちもリバタリアニズム的な精神に通底する。だからリバタリアニズムは右とも左ともよく言われる。そしてハインラインはその両方の要素を描くのに長けている


と、前置きが長くなったが、この異星の客は、ハインラインの解放への希求が最も色濃く溢れた小説の一冊だ。思想的な癖はさっきの二冊をはるかに上回ってる


火星で生まれ、火星人に育てられたマイケル・ヴァレンタイン・スミス。彼に残された莫大な財産をめぐって、それを狙う政府とマイケルを守るおじいさんが丁々発止でやりあう前半は、一級の喜劇的サスペンスとして読める


ところでこのおじいさん、隠居生活をしながらありとあらゆる法律や思想に詳しくて、しかも政府とか権力が骨の髄から大嫌いなウルトラ個人主義者として描かれている

こういう人が持ち前の知識と弁舌だけを武器に、世界最強の権力と堂々渡り合う。もうむちゃくちゃカッコいいんだこれが


でもこの小説の一番面白いのは、火星から来たマイケルが、火星流の思考による意識変革を地球に及ぼしていく後半

この小説の火星人というのは、精神的文化が地球のはるかに上をいってて、魂の統一的な悟りを開いている

マイケルは火星人に育てられた人間として、宗教みたいな形でそれを地球に広めようとするのだけど、この描写がまた面白い。ある種の原始共産制に基づく共同生活に、意識の統一へと高めるためのフリーセックス、同胞への敬意として、死んだ人の身体を食べると、完璧にいっちゃってる団体なんだけど、この小説を読んでるとそうは思えなくなる

むしろ、文化的偏見でそういうのを見るだけで嫌悪を催す読者の蒙昧がストーリー全体を通じて批判されてるようで、文化相対主義の究極の教科書の一冊になってると思う

最終的に人間の悟りによる意識の解放を礼賛したこの小説は、ヒッピーのバイブルになった


このバイブルという言葉が的を得ているのは、事実この小説が聖書をもとに描かれた、ハインライン版聖書だからだ

ハインラインの最高傑作の一つといって間違いない