昭和の始め頃、説教強盗、と呼ばれた泥棒がいました


その手口はまこと奇妙で、人の家に押し入り、主人を縛って盗みを働くのですが、その時いかにも丁寧に


『ダメだよこんな家じゃ。簡単に泥棒に入られちゃう。戸締まりは厳重に』
『泥棒に入られたくないなら犬飼わないと』
『オレが帰ったら交番に届けな』


と、ぬけぬけと防犯対策を説教し、金を奪い逃走するというものでした



その珍妙な行為は一般人の応援も受け、金持ち階級では犬を飼うのが流行る始末。しまいには逆に説教強盗に説教し、一緒にお茶を飲んでお金をあげる被害(?)者まで出ました


この事件自体、ものすごくボクの思考をゆさぶり興味深いのですが、今回は三角寛の話です

三角寛は説教強盗の名付け親である、元は朝日の記者でした

記者として説教強盗事件を追いかけている最中、説教強盗三窩説を聞き、三窩研究に深く踏み入ることになります

以後、三窩小説、三窩研究の第一人者となります


この本は三角寛晩年の代表作で、本人の三窩研究史も入った集大成的な一冊


三窩とは、主に箕作り(箕って今聞かないですね。雑穀のもみとかをふるい落とす道具らしいです)を生業とする非定住民で、純粋の大和民族を自負する社会集団、と本書では説明されます

本書に現れる三窩は、近代市民社会とは外れた独特の生活を持ち、かなり興味深いものです

忍者の起源や秀吉がこの三窩という説もあり、ロマンを感じます

ただ、現在では三角寛の三窩研究は創作の要素が強いのではないかとする研究も多く、内容をそのまま信じることはできませんが



しかし説教強盗といい、非定住民といい、近代市民社会の論理の外で、違う論理、筋を持ち生きる人々というのは、強い憧憬を感じますね

書生のオリエンタリズムと言えばそれまでですが、どうにも今の日本は右も左も上も下も近代市民の論理でしか動いていない、それ以外の論理を持っていないのではないかと感じることが多いです


あくまでただの創作と割りきっても、三角寛の本はそういうロマンに飢えた人間に、全く違う世界を見せてくれるでしょう