「キミだけが欲しいんだよね~」

 夫が言った。

「え? なんですって? 私だけが欲しいですって?」

「卵の」

「ああ……」

「白身はいらない」

 料理で卵を使いたいらしかった。黄身だけ。

 

 後日、朝食時に夫が、

「あのさ~、卵の黄身に蜂蜜掛けると、栗の味がするんだって」

 と言った。

「ふーん、そうなんだ」

 丁度蜂蜜があったので、朝食のゆで卵のそばに置いた。

「やってみたら?」

「キミだけでいいんだよね」

「え? なんですって? 私だけでいいですって?」

「だから卵の」

「わかってるし……」

 

 友人のダンディなご主人は、当たり前のように奥さんを「君」とよぶ。

 だが、うちの夫はそういうタイプではない。

 私のことは、昔からちゃん付けで呼ぶ。

 私も昔は、夫のことをちゃん付けで呼んでいたが、言葉を覚えたての息子が、

「チチちゃん」

 と呼び、そこまでは“父”でもあるし、まあいいかなと思っていたがそのうち、

「チ○ちゃん」

 と言い出した。そしてもっと話せるようになると、とうとう、

○○ちゃん」

 と父親をちゃん付けで呼んでしまったので、これはいけないと思い私が「パパ」と呼ぶことにした。すると息子もようやく「パパ」と呼ぶようになった。

 だが私のことは夫がちゃん付けで呼ぼうとちゃんと「ママ」と呼んでおり、私も息子に父親を呼ばせる時は「パパだよ」と言っていたのに、どうして父親のことだけ名前で呼ぼうとしたのか今でも不思議だ。

 

 子どもも成人すると、夫は自分のことを名前で呼んで欲しいらしいが、なんとなくもうそんな気分でもないので今でも「パパ」と呼んでいる。

 だが私への呼びかたに関して、

○○さんのご主人は、奥さんのことを『君』って呼ぶんだよ。いいよね~」

 と夫に言ってみると、

「こっぱずかしい」

 とのこと……。

 

 しかたがないから、食卓に置く卵料理の数を増やすしかないようだ――。

 たとえ“キミ”違いでも、なんか言わせてみたいので……。