平敷屋朝敏についてはWikipediaをご覧になってください。琉球の歌人であり文学者です。組踊の「手水の縁」は彼の作品です。文章力においては玉城朝薫を超えています。たくさんの琉歌も残しました。興味のあるかたはアメブロの「琉歌集」をご覧になってください。貧家記は和文で書かれています。彼は和文学に造詣がありました。「かれこれさけ」という表現が見えます。これは「土佐日記」に出てくる独特な表現です。在原業平という実名が出てきます。「伊勢物語」第九段のエピソードが登場します。彼は革命家でした。時の権力者に抗議して琉球王国を実質的に支配していた薩摩藩の在番所に3度投げ文をして結局磔(はりつけ)の刑となりました。この「貧家記」は首里を追われ勝連の平敷屋に都落ちしていくところから始まっています。平敷屋での生活の様子もえがかれています。とても貴重な本です。当時の沖縄の風俗・習慣がよくわかります。彼は当時の士族としてはめずらしい考えを持っていました。封建制度に疑問をもっていたのです。その反面士族としてのプライドは捨てきれませんでした。私の推測ですが彼は現在でいえばHSPであったようです。ものの見方が繊細です。身分の低い人たちに対するやさしさがにじみでています。子供たちに対してもそうです。現代語訳を読めばそれがよくわかります。だからこそ当時の琉球王国の現状に危機感を持っていたのです。彼は沖縄の吉田松陰であり三島由紀夫でした。われわれはこのような人物が沖縄にいたことを誇りに思うべきです。この本はそのすばらしさにもかかわらず図書館・古本屋・デジタルアーカイブスに埋もれた状態です。もったいないかぎりですので現代語になおしてアメブロで公開することにしました。出来るだけ多くのかたに読んでいただければと心から思います。ちなみに彼はイケメンでプレイボーイだったようです。後半にそれが書かれています。「貧家記」は琉球文学大系に収録されています。興味のわいたかたはこちらもご覧になってください。原文は玉栄清良氏の「平敷屋朝敏の文学」からそのまま転写しました。現代語訳はデータが破損したため最初から書き直しました。以上です。
追記 うるま市勝連平敷屋の人たちが平敷屋朝敏を見直すきっかけになれば幸いです。
追追記 「世界の文学:琉球語訳」アメブロにしました。「琉球語訳」で検索できます。よろしければ。
追追追記 「琉球語の詩」アメブロにしました。よろしければ読んでみてください。
なお追記 「英語の詩集」アメブロにしました。よろしければ読んでみてください。日本語訳だけでも充分詩的です。