人吉城 | 過去から学ぶことばかり

過去から学ぶことばかり

2013年からお城めぐりを始めました。
2014年から北海道で牧場めぐりを始めました。

ジョーカプチーノが大好きで
2016年からは産駒応援にも力を入れています♡

今回は「人吉城」の登城レポになります。
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ではでは
人吉駅からスタートです。

駅の写真がなかったので
とりあえず、SLでも… σ(^_^;)

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駅前にはからくり時計と舟。
球磨川って日本三急流なんですね。

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ではでは…

まずは「人吉城歴史館」を目指します。
(人吉駅からは徒歩約20分)

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その途中で見ることのできるのがこちら。

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胸川が球磨川に合流する人吉城北西の要所に建てられた櫓
「隅櫓」と…

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大手門の脇を固めるために造られた長屋型の櫓
「大手門横長櫓(多聞櫓)」です。

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明治初期(明治9年以前)の写真と

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現在の写真を比べてみました (^^)/

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ではでは
橋を渡って大手門を通りましょう。

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「大手門跡」の標柱がありました。

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門内から多聞櫓へ。

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中へ入ってみるとビックリ ∑(゚Д゚)
甲冑がずらりと並んでいました。

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続きまして「人吉城歴史館」へ。
ここで100名城スタンプをGETです (^^)♪

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ここは相良清兵衛屋敷の地下室。

地下室に井戸があるのは
世界的に見てもすごく珍しいそうです。

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人吉歴史館の外へ出てきました。
こちら「武家屋敷跡」です。

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案内図

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武家屋敷跡を見たらいよいよ人吉城跡へ (^^)/
こちら「清兵衛門跡」です。

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「人吉城跡 登り口」と書かれています。
どんどん進んでいきましょう。

相良神社も素通りしまして… σ(^_^;)

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この先階段が続きます。

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そして
最初に到着したのが「於津賀社跡」。

初代相良長頼の入国前の人吉城主であった
平氏の代官の矢瀬主馬祐を祀る霊社跡です。

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社殿は南向きで板葺きの御殿と添殿の2棟があり
現在もその礎石が残っています。

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城跡の案内を載せておきましょう (^^)/

こう見ると於津賀社跡の前に
三の丸を素通りしたと思われます σ(^_^;)


実は…
川沿いに行かなかったんですよね。

御下門も水ノ手門も堀合門も
それに石垣の武者返しも見てません (>_<)

全然ダメじゃん ∑(゚Д゚)
と、レポを書く気が失せるような現実…

登城前の予習が足りませんでした。
リベンジ決定ですね σ(^_^;)

それにしても…

時間が経って
自分がどうやって於津賀社跡まで行ったのか
経路があやふやなのも問題です。

いったいどこを通ったんでしょう???
グダグダです… σ(^_^;)

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続きまして
於津賀社跡から見た三の丸の石垣です。

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ではでは「三の丸(上段)」へ。

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はい、こちらが三の丸(上段)です。

三の丸は二の丸の北・西部に広がる曲輪で
西方に於津賀社と2棟の「塩蔵」
東方の「中御門」の近くに井戸と長屋を配置するだけで
大きな広場が確保されていたそうです。

その周囲には当初から石垣は作られず
自然の崖を城壁として
「竹茂かり垣」と呼ばれる竹を植えた垣で防御していたとのこと。

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 こちらは
三の丸から見た二の丸の石垣です。

それでは、二の丸へ移動します。

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こちらは「中御門」です。

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登った先はこんな感じ。

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左側の様子。

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右側には木がいっぱいでした。

二の丸は
江戸時代の初めに「本城(本丸)」と呼ばれていたように
城主の御殿が建てられていた人吉城の中心となっていた場所です。

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礎石も残っています。

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こちらは
二の丸北西部の虎口から見た景色です。

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井戸曲輪には躑躅がいっぱい (^^)/

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ではでは、先に進みます。

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階段の先、本丸に到着しました (^^)/

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案内図

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地形的には天守台に相当しますが
天守閣は建てられず
1626年に護摩堂が建てられています。

その他、
御先祖堂や太鼓屋、山伏番所があったそうです。

礎石群は板葺きで4間四方の二階建ての護摩堂のものです。


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ではでは戻ります (>_<)

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以上、人吉城レポでした (^^)/

全体的にグダグダでしたが…

よく整備もされていますし
緑が豊かで気持ちのいいところでした。


(2014年4月26日登城)