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kumikoのブログ

吉田九美子(四柱推命鑑定士・医学気功師・除霊師九氣.遠隔治療技術士)は、人のお役に立つためのブログを書かせて頂いております。人生の歩みの方向性を見失われた方、霊に悩まされておられる方等、様々なお悩みを解決し、アドバイスもさせて頂いております。

何だか、「安心な日本」という言葉はもう過去の言葉になりつつある気が致しますね…


二十代の若い働き盛りの青年が次々と闇バイトの強盗致傷容疑で逮捕される中、まさかの30才の二人の幼子を持つ母親が逮捕されましたね



いったい日本はどうなって行くのでしょうか?

母親なのに、なんて安易な考えをち持つのでしょうか?

逮捕されてしまったら、もう家にも帰れないし我が子にも会えない

もうすぐクリスマスやお正月が来るのに、この母親は留置所で年を越す事になるかも知れません

子供や夫の気持ちを考える事は出来なかったのでしょうか?

まさか、強盗報酬のお金で我が子にクリスマスプレゼントを買うつもりだったのでしょうか?

そんな事は信じたくもありませんが、でもこれは現実に起こっているのです


何度もブログで書いていますが、私は昭和世代生まれです
男性は良く働き、女性は家庭を守り子育てをしっかり行っていました
子供は学校を休まず、皆勤賞を目標にした時代です
私の父は子供の頃、熱があっても学校へ行かされ、皆勤賞をもらっています
それくらい学校という存在は大切なのです
そんな時代が私は懐かしいです

今は、母親が強盗のお手伝いを平気でする時代?
そうなってはいけません
早く誰かが何とかする指示を出さないと、闇バイトの指示役の方がこれからもどんどん増えて行くかも知れません

自分の将来に自分の軽率な行動で傷を付けてはいけないのです

どうかそれに気付いて下さい

昨日の続きを書かせて頂きますね


約束もしていない

話してもいない

スーパーへ行く話もしていないのに、認知症を発症している母は

勝手にストーリーを作り上げ

それが現実であるように話し始めるのです


ある日、私は父にお母さんは頭がおかしいよ、病院へ連れて行った方がいいよ

と、話しました

するとやっと父は重い腰を上げ、精神科のある病院へ母親を連れて行きました

が、その支度が大変でした…


母は高価な貴金属を身に纏い、シャネルの香水、孔雀の様な派手を越えた服、そしてこちらも高価なパラソル、ハイヒール、ワニ革のバック…

父が、母に病院へ行くんだぞ

普通の格好をしなさいと言っても聞かず、その辺の人間とあたしを一緒にするな❕と怒鳴り颯爽と出掛けて行きました


父の話によりますと

母は診察中、一生懸命普通を装っていましたが先生との会話が繋がらず、質問の意味が理解出来ないまでに症状は悪化していたとの事でした


それから自宅に帰ってきましても

私との会話の内容も、五分後には忘れていてそんな事あたしは話してない、何でも自分の都合のええ様に話すな‼、九美子の分際で

と、とにかく私を卑下しまくりでした

私は中学生三年生

受験を控えていましたが、勉強するふりするな、さっさとあたしの!ご飯作りや、あたしは寝なあかんからな

無視をしていましたら私の部屋まで来て、夜中まで私を罵り始めて手がつけられず、父は出張続きなのでその頃から何度手首を切ったか分かりません

それでも、やはり父がいましたから死ねませんでした


母の認知は更に進み、自分が今どこを歩いているか分からなくなって来たみたいでした

ですから、外出をしなくなったのです


私は自分の人生を恨みました

どうしてこんな変な母親が自分の親なんだろう…

食事ん作った事は、母は生まれてから一度も無いと思います

ですから祖母がいけなかったのです

何でも母にしていた祖母が亡くなりますと、母発狂

もう認知を超えて、劇的な暴力

そしてそれは錯乱型認知症へと移行して行ったのです


あれから半世紀の間

重い若年性の認知症発症から始まり、薬を食べ過ぎの薬害パーキンソンを発症、それから徐々に朽ち始め十年間寝たきりで、昨年の今ごろ、母親は人間界から去りました

認知症の発症は、まず家族が気付きます

まだ症状が軽いうちに病院を探し通院をして改善してくださいね


私はこれからは何十年も元気でいます

すから皆さまもこれからは何十年も元気でいますね

現代病の一つに、認知症があります

認知症という言葉は、半世紀前には殆ど聞かない言葉でした


ですので、当時14才の私は

母親が認知症を発症し、初期症状の状態だなんて知りもしませんでした


私の母親は、重症の認知症のまま

インフルエンザワクチンを打ったその日に急死致しました

92才で亡くなりましたが、母親が認知症を発症しましたのは44才の時でした


そしてそれは急に来ました

当時私は14才、中学二年生でした

その日は朝から母親が私に当たり散らしていました

いつもお昼前に起きるのに、その日は七時半頃起きてきて、何であんたがいるんや?学校は❗と

いきなり怒鳴り始めたのです


もうすぐ行くよ

と言いましたら、親に口答えするな❕とまた唸り出しましたので

とにかく家を飛び出しました


授業やクラブを終えて、直ぐに買い物に行き、夕食を作ってましたらご飯まだか?と寝ぼけ顔の母親


いつもと様子が違うと思いながら

作ったおかずをテーブルに並べてましたら、父帰宅

いつもの、おー今日もご馳走だね

九美子が作ってくれたのか?

と笑顔で聞いてくれますので、うんと答えて家族で夕食

食べました後も、母親はお茶碗も一切洗わず居眠りを始めます

母はまだ44才でした


夜11時

九美子ちょっと来なさい‼

と母親の怒鳴り声

急いで二階から一階に降りましたら

あんた‼ご飯は?

いつ作るんや、ほんまにズボラな

女やと大声でわめき出すのです

父が、お前、さっきご飯食べただろ?…と母親に聞きましたら

どうやら記憶が無いらしく

食べてへん、お腹減った、ご飯は

の繰り返しでした


家事もせず、好きな衣類や家具を買いに出かける時は本当に生き生きしてますが、お金がなくなりましたら、こんな貧乏な家に来たのが間違いやと怒鳴る

そのうちに、約束もせず会話もした事がないのに、勝手に母と私の話が出来上がっていて、約束もしていない

スーパーで待ち合わせしたやろ

と暴れるのです


ごめんなさいね🥲

続きは明日書かせて頂きますね