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kumikoのブログ

吉田九美子(四柱推命鑑定士・医学気功師・除霊師九氣.遠隔治療技術士)は、人のお役に立つためのブログを書かせて頂いております。人生の歩みの方向性を見失われた方、霊に悩まされておられる方等、様々なお悩みを解決し、アドバイスもさせて頂いております。

ルーツを辿った私達は、事前に調べましたお宿へ宿泊致しました



三方五湖周辺はあまりお宿がなく
やはり口コミやお料理のお写真を見ながらこちらのお宿が一番良かったと感じましたので、こちらにさせて頂きました

お宿の名前は  うべしま館です







夕食のお料理はフグのフルコースに致しました
ふぐちりも付いていましたが、量が多くて食べきれませんでした
イカの皮やゲソは塩焼きにして下さり、旅館のご主人様のお優しさが伝わりました
お刺身は凄く新鮮で、何より驚きましたのが、全てのお料理が丁寧に作られていました
私達は大満足な夕食を頂きました


次の日はドライブウェイを走り、三方五湖の見学に(^-^)
移動中は大雨でしたが
目的地に着きますと快晴という不思議な天候に私達は恵まれました


お昼ごはんにはお蕎麦を頂き、その
後、曹洞宗の大本山 永平寺へ向かいました



抜けるような青空の下、永平寺の境内の素晴らしい杉の木に心奪われました


御朱印も頂きました




一枚一枚のお写真
大切に撮らせて頂きました
永平寺では沢山のお写真を撮りましたが、一つのブログに掲載されるお写真の枚数が限られていますので
今回のアップは後一枚を残して終わりに致しますね

吉田家のルーツの旅
本当に何故か懐かしく、感慨深き物を感じさせて頂きました

そして何より嬉しく思いましたのが、帰宅しましてから私の携帯に
ショートメールが入っており、内容を読ませて頂きましたら、発信して下さった方のお名前が吉田様という方からでした
私がルーツの旅に出掛けました時にお話を聞かせて下さったおばさまにお渡しした名刺の電話番号をお知りになり、連絡を下さったとの事でした
もしかしましたら、この方と私達は血が繋がっているかも知れません

その時に父の言葉を思い出しました

いいかい 九美子
吉田家のルーツを調べるのは
まずは家紋だよ
家紋から辿りなさい

ですので私はこの方に、そちらの家紋をお教え下さいとお伝え致しました
すると、私の家紋より遥かに格のお高い家紋でした

また、謎が出来てしまいました

この結果はまた後にブログに書かせて頂きますね

そして皆様
前回から日が空いてしまってごめんなさいね
2日間お仕事から離れていましたので、なかなかブログが書けませんでした


吉田家のルーツの旅

思いきって行って良かったと思いました
従兄弟達も喜んでいました

皆様
2日間のお話にお付き合いを下さり、誠にありがとうございました

心より、感謝致します

お休みなさい



ふ本日は吉田家のルーツを調べる為

従兄弟二人と私の三人で、福井県の十村駅を目指し、出掛けました



途中で立ち寄りました敦賀では
ソースカツ丼で有名なヨーロッパ軒で昼食を頂きました


こちらのお店は大変有名で、芸能人の方も沢山来られています
お味は関西風のお味のソースがカツにかかっていて、大変美味でした



敦賀を出ましてから、穏やかな田舎道を走り、十村駅に到着
十村駅は以前に御写真で見た建物ではなく綺麗に改装されていましたので、少し拍子抜けをしてしまいました(^^;)

そして、私達はいよいよ吉田家の過去帳がある弘誓寺へ


細い田舎道を走り、やっと弘誓寺の看板を見つけました


こちらが入り口です
私達はドキドキしながら門をくぐりました



?神社?
人気の無い境内 
私達は不安な気持ちを押さえ奥へと進みました


でも、その先にご本堂を発見
急いで玄関前に行きましたら、お留守の様です
気を取り直し、さらに奥へ進みますとそこには綺麗な墓地がありました

墓石の名前を見ますと、下が長い吉の吉田の性のお墓がかなりあり、殆んど私達の血縁のお墓だと感じました
でも、父は生前私達のご先祖様のお墓は山の上にあったと言っていましたが、その山へは行けなくなっていました



そのお墓の横に、沢山の墓石が集められてありましたので、私達は手を合わせました
実家にありますお位牌の戒名を手掛かりにここまで来ましたが、何も分からないまま帰るのね…
と、私達は肩を落としていました

と、そこにご近所の主婦の方が来られましたので、お声をかけさせて頂きました

私達は、十村の庄屋を先祖に持つ
吉田と申します
弘誓寺の和尚様に会いに来たのですがと申しましたら
和尚様は13年前に亡くなり、今は隣の集落の和尚さんが弘誓寺を兼任されてるとの事でした
そして、以前に山崩れがあり、山にあったお墓は全て流されました
と話されました

それを聞きました私達は、更に肩を落としてしまいました
すると主婦の方が、私も吉田ですとおっしゃり私の顔を見て、あー何だか似てらっしゃる
庄屋さんの血筋ですね?
と驚いて私の顔を見られたのです
そして、この裏が庄屋さんの家です
案内してあげますよ
と言って下さったのです

私達は胸を踊らせ、主婦の方の後をついて行きました






ここが九美子家の総本家の吉田家です
京都にあります私の実家はこちらの分家ですが、京都では本家として
仏事一切を取り仕切っています

夢にまで見た十村の庄屋家屋
やっと辿り着けた弘誓寺
父からよく聞かされていたお話と景色も繋がりました
この地で私達のご先祖様は生まれて育ち、子孫を残されていかれたのですね
そう思いますと、本当に不思議な気持ちになります

それでは本日のお宿へ向かう為、十村を離れますね

続きは明日書かせて頂きますね
(^-^)

訂正
皆様、ごめんなさいね
夢一杯でこのブログを書かせて頂きましたが、後に両家の家紋が違う事が分かり、こちらのお宅は私の血筋ではありませんでした

ただ、ここまで辿りつけました事が
残念ではありましたが、ご先祖様がお住みになられていた土地を見る事が出来た事で嬉しく思いました

一つの建物だけ、モザイクをかけましたがお写真を残させて頂きますね

沢山のお手伝いさんがいて、蔵も多くあり、土地も多く所有していた大庄屋

今はこのお話を私にしてくれましたのは父、叔父が亡くなり86才の叔母だけとなりましたが、このお話は語り継ぐだけでいいかなと感じました

まだ見たことがない私の遠い従兄弟
もしかしましたら、会えるかなと
胸を弾ませていましたが、叶わぬ夢となりました

年月が経ちすぎています
仕方がないですね

(^-^)

私の愛車 トヨタGR86



仕事が終りますと、毎日綺麗にボディを拭いて、傷をチェックしています

もう、可愛くて大切でいつも語りかけながら拭いています


そんな大切な86ちゃんのボディに

半年程前から週末以外の平日に、薄い傷が付く様になりました


黒いスジや水色の衝突あとのスジ

😢何かな?

不安に思いながらも雨の日も毎日綺麗に拭いていました


11日の夜も仕事が終りましてから

綺麗に拭いて傷をチェック

そして12日の朝  86ちゃんを見ましたら






塗装は欠けて板金が見え
後は無数の擦り傷があちらこちらに付いていました

その前に、私は先月傷が付く瞬間も見ていて注意をした所でした

でもそれは無駄だったみたいでした

本日、怒りが収まらない私は朝から張り込みをし
携帯でその瞬間を撮るつもりでした

やがて傷を付けた本人達が集まって来ました
私は警察に被害届を出すつもりで
その集まった中の人物に問いかけました
その時点で怒りはマックス
私の86に傷を付けまくっていたのは
小学生の集団登校の子供達でした
皆が揃うまで集まる場所ではしゃぎ回り、私の車の周りで鬼ごっこやかくれんぼをし、水筒やランドセルの金具が容赦なく86のボディに当たり
擦られたりでドアの2ヵ所はへこんでいました
私はメモを取り、一人ずつ名前とクラスを聞きました
そして私はその子達に
おばちゃんの車の周りで遊んでる子は誰?
おばちゃんの車
傷だらけになって泣いてるよ
ほら、ココ
そう言って子供達全員に傷を見せました
そしたらみんな、ポツポツと
○○君と○○君や数人が車の周りでかくれんぼをしてた
と教えてくれました

やがて一番多く傷を付けた子が判明し、私は警察に被害届を出そう
そしてその子の親に修理代金を支払ってもらおう
そう思いました

所が子供達は、自分はしていない
とか言って逃げるのではなく
その子だけが車の周りで遊んでいたのではない
と、口々にその子を擁護し始めました
その姿を見て、私の怒りマックスはスーっと消えてしまったのです

何だか車の傷より、こんなに小さな子供達がお互いを庇い合う姿の方が
大切な気がしたのです

そして、車の小さな傷で夜も寝られなかった私が小さく思えました

被害届なんて出さなくていいや
大した事でもないし

ついさっきまで、悪魔の私が頭の中を駆け巡っていましたのに、いつの間にか天使(^^;)の私に変わっていたのです

子供達は登校の時間
おばちゃん、今度から車に近付かないようにみんなで注意するね
きっとハロウィンが近いから、おばちゃんの車の傷はお化けが付けたんだよ
なんてみんなが話だし、私も笑ってしまいました
そして、子供達の頭を一人ずつ撫でてあげて
行ってらっしゃいと声を掛けました

爽やかな青空
私の心も、きっと86ちゃんの心も
晴れ始めていたと思います