その後、直ぐにインベーダーゲームが設置され、そのゲームがやがて世界中にテレビゲームとして流行り出しました
当時はまだ、任○堂という会社の名前もあまり知られていなくて、京都にある会社?という感じでした
日本で大ブームとなりました、スーパーマリオブラザース、テトリス、ロードランナーも私と同年代の方は
夢中になったものです
それからのゲームソフトの進化は凄まじく、画像の精密さや主人公のしなやかな動きが求められる様になりました
やがて私も自分に合ったゲームソフトを求める様になりました
そのゲームは
サイレントヒル
サイレントヒルは静かな丘
と訳します
その名の通り、主人公はたった1人で霧が漂う廃墟となった街を彷徨い、命懸けで家族を探す恐怖とホラーが絶妙に混ざったゲームです
私は何故かこれらのゲームに出て来ます1人ぼっちの主人公が、自分と
シンクロしてしまい、ついついゲームの中に入り込んでしまいます
夜中に、暗い部屋で1人で物語を解く
でも、やはり私には怖いという感覚は無く、この頃から恐怖や霊に対しても見定めたい、確認したいという気持ちを持っていたのだと思いました
人が恐怖を感じる場所や画像に私は安心と安らぎを感じてしまうのです
少し余談ですが
暗い場所は、私が幼少期に母親から受ける虐待から身を隠す場所という安心感があります
実家二階の押し入れの中、積んであるお布団の一番奥下
そこにじっと息を殺し、気配を消し
母親に見つからない様にする
私は三歳から気配を消す事を覚え
食事も丸1日何も食べなくても
お腹が空いたと泣く事も無く
とにかく母親に見つからない事が
私が生き延びる事と認識出来ていました
父が出張から帰り、九美子が何故こんなに痩せて汚れてるのかと母に問うと
母は顔色一つ変えず、この子ご飯とお風呂が嫌いみたい
と、平気で嘘を吐いてました
今、思いますと
これが私の修行だったと思いますと
全てが繋がります
ご存知な方もおられますね
実は神への修行というものがあるのです
人が神様になるには、その人生の五十年を極限最小の衣食住で過ごし
たった1人で山に隠り、真冬の冬山で粗食を食べ修行をするのです
その修行や内容は様々ですが
私が歩んで来ました人生も、それに近いかな?と思いますと不幸な生い立ちが、将来の人の為に力をつける為の業だと理解出来ました時、
なぜ私だけ不幸なんだ
という苦悩から、一瞬にして解放されました
また、深夜に何年にも渡り1人で
これらのゲームをし、暗闇の恐怖の感覚や、不意に襲ってくる邪気を払う感覚も、今、暗闇の中で行う除霊や不意に背後から憑依しようとする邪気を捕まえるのに大変役に立っています
今思えば、私は可愛いゲームはあまり興味が無く、サイレントヒルが大変自分に合っていました
それらは全て今に繋がるからなのでしょうね…
ただ、やっと購入出来ましても
ゲームをする時間がまだ取れません
(^_^;)
今はまだまだ遊ぶ時間は作れないみたいですね
でも、いつかゆっくりゲームが出来ると思いますと、凄く楽しみ
今は自宅での仕事の合間に、少し電源を入れるくらいです
私は、一度も親にわがままや自分の希望を言った事がありません
それは言っても無駄で、願いは絶対に叶えてもらえないと分かっているからです
そんな何もかも諦め、何度も命を絶とうと思うくらい荒んだ人生でしたが、ゲームにより生きがいや楽しみを見つけ、それが何十年も先の自分の人生に役に立つなんて、今は本当に嬉しいと感じるばかりです
たかがゲームなのですが、自分の人生の歩みを助けて頂いたと思いますと、これからもこれらゲームソフトを大切にしていきたいと心から思いました
皆様も手放せないゲームソフトをお持ちだと思います
これからも手放さず、大切な思い出として持っていましようね
(私個人の気持ちですので強制ではありません)


