母親が行っていました
今の様な保育園は無く、お母さんがしっかり子育てをしていました
母親は子供と一緒に買い物に行き
子供は母親とお店のご店主様とのやり取りを見て、食材の購入の術を学びました
節約の仕方、アイロンのあてかた
食事の支度等、子供は母親といつも一緒にいて沢山の事を学びました
私は幼少期は放置されていましたので、学びは無く四歳前後からは
一人で遠い市場に買い物に行き、言われた物を買い、道を間違えず重い食材を買って帰る毎日でした
私の母親は、家事と私の子育ては放棄していました
自分の母親は、なぜ他のお母さんと違うのか、それを思うと本当に嫌でした
口を開けば
不平不満、自分の自慢話、人の悪口
母親が美容院から帰って来ました時は、かなり長い時間母親を誉め称えなければいけませんでした
わ~お母さん、綺麗、綺麗
近所の人がみんな羨ましがるよ
お母さんってなぜそんなに綺麗なの?
もう、これが苦痛でした
誉め与えなければ、唇がちぎれるくらい捻りあげられました
当時の私はまだ幼稚園の入園前でしたから
四歳になるかならないかでした
他の家のお母さんは、魔法の様にお料理を作り、テーブル一杯に並べ
家族に食べさせてあげてました
料理が全く作れない私の母親がテーブルに並べる食材は殆ど出来合いの総菜か玉ねぎ炒めだけでした
口癖は、文句あるんやったら出ていけ!でした
夜だけ食べさせてもらえる夕食の玉ねぎ炒めは、お水で流し込みお腹を膨らませていました
でも母親は、兄が座る席には焼き鳥やコロッケを置いていました
毎日聞かされる不平不満、人の悪口、自分の自慢話
その時に思ったのは、私は絶対人に対して不平不満は言わない
私は絶対自分の自慢話はしない
でした
それらは、聞かされる方は本当に苦痛だからです
我が儘で自己中な考えを持つ人間は
常に不平不満を口にします
周りの人にそれを聞かせ、自己不満を解消させようとします
自分の自慢話ばかりする人間は、
自分がいつも周りの人間より優位に位置し、他の人間を見下します
人の悪口ばかり言う人間が話す内容は、全て自分の事を話している事に気付きません
あの人ずる賢い、欲どおしい、生意気や、はよ死んだらええのに、
これが母親と顔を合わせる度に私は聞かされるのです
私は当時母親に望んだ事は、本を一緒に読んで欲しかった事です
母とは生涯一度も一緒に服を買いに出掛けた事もありませんでした
それほど母親は私が憎かったのです
私が幼稚園に入園したその日から
父が出張の時は兄と二人だけの生活となりました
子供が大嫌いな私の母親は、とにかく冷えた野菜炒めとご飯だけテーブルに置き、家にはいませんでした
本当なら、我が子の栄養を考え、食卓にはお母さんの手作りの温かな食事が並び、今日あった出来事を話したり我が家は楽しい所のはずですね
もし祖母が、生きていてくれたら
少なくとも、私はこんなに僻んだ性格にはならなかったと思います
いつまでも、苦しかった幼少期の無念な気持ちなんか引きずらなかったと思います
子育て中の我が子には、自分の不満をぶつけてはいけません
特に就学前の子供の心は繊細で
記憶力が高いのです
私は、なぜあの様な
母親から生まれなければいけなかったのか、今でしたら理解出来ますが、幼少期では理解出来ず辛い毎日
を過ごしていました
ただ、この体験は本当に価値のある体験だったんだと私は思います
これらはお金を払っても出来ない体験です
お陰さまで、私は今でも食事に対しましては、温かなご飯があるだけでも感謝の気持ちが湧き、お風呂に入れる事、清潔な衣類に着替えられる事、人には言ってはいけない言葉の学習等、ある意味母親には感謝なのです
母親に対しましては、生涯私は心は開きませんが、子供としてしなければいけない事はきちんとやり遂げます
それが、亡き父の希望だからです