私が母親から学んだ事 | kumikoのブログ

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吉田九美子(四柱推命鑑定士・医学気功師・除霊師九氣.遠隔治療技術士)は、人のお役に立つためのブログを書かせて頂いております。人生の歩みの方向性を見失われた方、霊に悩まされておられる方等、様々なお悩みを解決し、アドバイスもさせて頂いております。

私は、子供が大嫌いで主婦業を全く知らなく 大変わがままな人物を母として生まれて来ました

当然ながら 抱っこをしてミルクを与えるなんて事は一切無く いつも熱い熱湯をほ乳瓶に注ぎ 出来上がった熱々の薄い薄いミルクを渡されてました
赤ちゃんだった私の顔を横にし ほ乳瓶をタオルで固定したつもりの母は 私をそのまま置いて 夜まで帰りません
ほ乳瓶は転げて、私は泡ばかりを吸っていました
まだ歩けなく手だけが動かせる時期
生後5ヶ月から七ヶ月前後以降の記憶を私は持っています

憎たらしい子や

そう言われ 放置され私は育ちました
父が出張中、母の私への虐待はエスカレートし やせ細る私と まるまる太る兄と比べニッコリ 母はいつも兄だけを連れてお出掛けをしていました
母は好んで私を線路道や大通りで一人で遊ばせましたが事故には遭わず 七歳当時ダンプカーにはねられましたが 運命の神様は私の命は繋いでいて下さりました

口を開けば 不平不満 愚痴 死にたい こんな子生まへんかったらよかった 悪魔 乞食 ずる賢い子や はよ出ていけ 生んだった金返せ

これが本当に良い家柄の出だと自慢する人間が話す言葉なのか 私は小さいながらに 疑問に思いました
父は 痩せてあかぎれで血だらけになった私の手や体を見て 虐待を受けていたのは知っていましたが 母と離婚する事は 生涯有りませんでした

私のお友達は 昨日お母さんが作った夕食 美味しかった や お母さんがお菓子を作ってくれた等 当時は不思議で お母さんという物は 毎日着飾って 好きな装飾品を買いあさり 外出から帰るとお腹減ったと言いながら 私が作った食事を食べ、終わったらテレビに釘付けの 存在しても 周りの者を不幸にするだけの 何の役にも立たない物
だという印象しか有りません
相手を見て自分を知る
母は私を見ながら 乞食やずる賢い等の言葉を自分に浴びせていた事になります
お陰様で 私は不平不満は一切言わない人物となりました
不平不満や愚痴は 周りの人々に不快な思いを背負わせてしまうからです
私は人より先に動きます
それは ずぼらで家事を全くせず 幼児に全てを背負わせた母親がいつも目に浮かぶからです
私は人に意地悪をしません
それは意地悪をされた人の苦しみを私は誰よりも知っているからです
長く辛かった経験は 今 私を強くした土台となっています

母親に感謝なのですね