夢を追いかけるシニア男性 ― 保育士になりたかった理由

 

 

彼は今、62歳。
市立保育園で保育補助として子どもらと毎日笑い合うて暮らしてはる。

わてがこの人と知り合うたんは、家業の酒蔵やった。
杜氏さんの手伝いとして、10年間よう働いてくれはった、真面目で実直な人や。

ある日、新しい酒蔵のお祝いを兼ねた宴会で、初めて彼の人生の話を聞かせてもろた。

「わしな、小さい頃から幼稚園の先生になりたかったんや。」

その一言が、今でも耳に残ってる。

彼は中学校を卒業すると、すぐ働きに出たそうや。
家は決して裕福やなく、弟や妹がまだ幼かったさかい、自分だけ進学するいう選択はできひんかった。

夜間高校へ進学したこともあったらしい。
せやけど、家庭の事情で途中退学せなあかんようになってしもた。

やがて結婚して子どもも生まれ、家族を養う毎日。
進学できる機会がまったく無かったわけやないんやろうけど、そのたびに家族を優先してきはったんや。

「中退で幼稚園や保育園の先生なんか、夢みたいなこと言うな。」

そんな言葉を投げかけられたこともあったそうや。

それでも、彼は夢を諦めへんかった。

彼には誰にも負けへん特技があった。

絶対音感や。

お父さんは静岡県出身で、大手ピアノメーカーに勤める調律師やった。
国家資格を持ってはったかどうかは分からへん。

せやけど、それよりも大事やったんは、家にはいつもピアノがあり、音楽が身近にあったことや。

子どもの頃から毎日のようにピアノの音に囲まれて育った彼は、自然と音を聴き分ける力を身につけていった。

そして、いつしか思うようになった。

「子どもらと一緒に歌を歌いたい。」
「ピアノを弾いて、笑顔になってもらいたい。」

その夢だけは、何十年経っても消えへんかった。

酒蔵で働きながら、空いた時間には市立保育園で保育補助として経験を積み重ねた。

子どもらと遊び、歌い、笑い、一人ひとりと向き合う毎日。

その積み重ねが、保育の仕事への思いを、ますます強うしていったんや。

彼にとって保育士資格は、肩書きを手に入れるためやのうて、

「子どもらにピアノを届けたい。」

その夢をかなえるための一歩やった。

学歴は途中までしかなかった。

せやけど、夢まで途中で終わらせるつもりはなかった。

人生は何歳からでも、新しい一歩を踏み出せる。

子どもらの歌声に合わせてピアノを奏でる彼の姿を見ていると、そう教えてもろてる気がする。

夢には年齢なんて関係あらへん。

大切なんは、「もう遅い」と諦めることやのうて、「まだやれる」と信じ続ける心なんやと思う。