ひなたが、義母に初めて会った時、ゆりこ義母は、もうマンションの管理人をしていました。
めっちゃ怖いオバハンでした。
圧がすごいんです。
目が笑ってない!
髪の毛長いですね!とひなたが言えば
振り返ったらババーってか?ほっといてんかー。
って言われるし。
お母さん小さくて可愛いですね?ってひなたが言えば
小さくて、悪かったな?なんか文句あんのか?
って、言われて、ひえー!怖すぎる!ただでさあ、大阪弁が怖いのに。
目つきも鋭く。
とてもひなたパパの親とは思えない。(ひなたパパは、熊さんみたいな、優しさのオーラに包まれてる)
ゆりこは、怖すぎる。そんな第一印象でした。
しかし、ゆりこのそばにいると、何もかも大丈夫な気がするのです。
ゆりこは、優しくて、頼もしくて、可愛くて、信頼できる人。
そう、ゆりこは、いつも人のために苦労する。そんな人でした。
自分の周りの人が幸せになることを、本当に心から願い、いつも助ける準備があるのです。
だから、出会った人によって人生が変わってしまったのかな?と男に依存したことが、本当に残念な時間だったと思うのです。
自分の足でしっかり立って。
知恵と、法律を使えば、必ず違う方向に進めたはず。
無知ではいけない
1人立つ精神が必要
自立した者が、集まれば発展する
そんなことを身をもって教えてくれた人でした。
10年ほどひなたは、ゆりこと、家出のじーさんと暮らしました。じーさんは赤の他人ですけどね。
わたしの名はゆりこは、私が10年間の同居の中で、面白おかしく、昔話をしてくれたゆりこの物語。
どこまで本当か?オーバーに言ってるのか?それは、さだかではありません。
ただ現実として、同居の間、生活費は、もらってませんし。
ゆりこは、働いたお金を全てパチンコに注ぎ込みました。年収360万円の10年分働いたお金を全て。
そして
最後の退職金300万円も1週間でなくなりました。
なんと、愚かな事か。
人種が違うと思うしかありません。
ひなたの周りの人達と違いすぎて、理解はできません。
ひなたの友達は、お嬢様が多かったです。
ひなたの、友達の話を聞くと、全て親が出してくれる、車や、旅行。洋服まで。学費は、もちろんのこと。
なんなら、新居まで建ててもらってます。
アクセサリーなど、誕生日には、親からのプレゼントの額が違うお家の子ばかりが友達でした。
なので、ひなたは、友達と比べていて。悲観し、へそが曲がってました。
貧乏であることが、辛いといつも思っていたけど、ゆりこ義母に出会い、あまりの酷い話を聞いてるうちに、ひなたパパを心底大切にしなくてはいけないと。感じるようになったので、ゆりこ義母にしてやられたのかもしれません。
食生活や、清潔な環境。安定した生活を作ってあげようと今も思っています。
特にお金関しては、2人で一人前でいいなあ。一緒に働いて、生活を楽しくできるようになりたいな。と思いました。
家事も2人でやればいいね。
ひなたパパと結婚して10年ほど、高校で借りた奨学金も、ゆりこが使い込んだ為、全額ひなたが、働いて払いました。
大学に行かないと決めたのは、ひなたパパでした。今思うと、18歳にしては、なかなか素晴らしい決断でした。
同級生が卒業する4年後に新卒の給料を抜かせばいい。と思ったそうです。
人を恨むことなく、ただただ生きたいと願ったひなたパパ。
ひなたは、他人と比べて、ひなた実家を否定してきました。
この時点で、人間としての器が違います。
ゆりこの話を聞いてから、ひなたパパに話を聞くと、
しっかりと子供の頃から、大人を見て、自分の人生を決めていたように思います。
本当に殺されなくて良かった。と旅行へ行くと、今でも言いますね。
ひなたは、自分の親を恨んだりして生きてきましたが、とても甘い考えだと知りました。
人と比べた幸せは、幸せではないんだと。
ひなた実家は、ご飯もあった。お風呂もあった。
電話も車もあったから、本当の貧乏じゃなかったんだ。
実父は!いたってまともで、ただ事業に失敗したのみです。あ、酒乱でしたけど、お酒が抜けてたら仏のような人でした。
実母は、お金の計算ができないだけで、人としては良い人です。愛に溢れた人です
ひなたパパの話を聞くと、自分の器の小ささに涙がでます。
義姉もまた、立派な人で、独身を貫き、大手の製薬会社で、高卒異例の、大出世で工場勤務から、内勤に出世し、役職を持ってキャリアウーマンを続けています。そう、社会性のある人なんですよね。
人は、自分で生きて行けるように、生まれてきました。
なのに、自信がないことで、人に頼り、人の道を歩き、人に蹴落とされ、人のために自分の人生を無くします。
2回殺されかけたひなたパパは、とても命を重く見ています。
そして、いまは、毎日、楽しそうに暮らしてます。
小さな喜びを感じる心
生きているだけで幸せだと。
私たち夫婦の合言葉は、決して10代20代に戻らない。です。
貧乏と、暴力の中で生きてきた、私たち夫婦。
今を楽しく生きるために、さて、次は何をする?
こんな風に考えるようになりました。
結論は、
貧乏の苦しみを知り、食べるものもなく。
安全な家で寝ることもできなかった私たちが
少しでも豊かな暮らし。を願い
食卓には温かいご飯と、冷たい飲み物。
お皿に盛り付けられたご飯。トレーのまま、ご飯を食べるとか。本当に嫌です。
安心して寝られる家を作る。
清潔な洋服を着る
身の丈にあった暮らしをする。
人から見たら小さいことでも、ザルのようにお金を使い切る親の元で生活すると、今の小さなこの暮らしが、愛おしくて仕方ないのです。
これで、私たち家族の話は終わりです。
子供たちが、いつか、何か煮詰まり、身動き取れなくなった時、この話を思い出して、衣食住の豊かさを身につけてくれたらと願うばかりです。
ひなたが元気に働けたのは、ゆりこ義母が同居してくれたから。
ひなたの子供たちが安全に暮らすことができました。
私と出会ってからのゆりこは、最高の義母でした。感謝しかありません。ありがとう。