政策金融公庫のホームページから入れば、誰でも閲覧可能。
なので、アパートの情報を全体載せておきます。今日は、当時ひなたパパが、社長から教室を引き継いだお話です。
ひなたパパは、番頭タイプ
ひなたパパは、
若くして26歳でパパになり、教室の主任、店長をしていた。社長から受け継いだ年は27歳で、娘が生まれた次の年平成9年11月の話。かれこれ25年前の話です。
社長は、めちゃくちゃな人で、月謝が現金で入るとすぐ使い果たしてしまうので、給料も、もらえず。
ひなた家族は何ヶ月も、苦しい思いをした。
子供に習い事さえ、させられない始末。
何回も、転職を頼んだけど、ひなたパパは、忠誠心の塊。
年末調整は、10年分返金があるのに、もらったことがない。
とうとう借金を残して、何回か社長の行方が、わからなくなった。
借金取りから逃げてたね。社長のくせに
保育園指導にも行っていたので、園長先生が、捕まえて、ひなたパパ達スタッフに授業を代わって欲しい。
ゆくゆく売ればいいと。そんな話になった。
当時はマッチングとは言わず、のれん分けと言ってました。
1番年下のひなたパパが、決断しないと、他のスタッフが、どーにもならん!独立しろ!と迫られた。
勝手な言い分。散々給料くれてないくせに、ほんまにムカつく。
腹が立ったひなたは、パパの支援をすることに。
19歳から自営業をしてたので、事務処理や、月謝管理、公庫での融資。ひなたが、サポートすれば、うまく行くはず。ダメなら、その時辞めればいい。
開業に必要な、店舗の保証金200万円をひなたが、用意した。
いつか、自営になるかも?と、お金を取ってあったひなた。
これには、ひなたパパもびっくりさ。何より、社長が、貧乏人のくせにと、ひなた家族の事をバカにしてたので
さらっと独立してやったわ!
そして630万円は月々分割に、上納金として支払うことになった。こーゆう交渉は、最初が肝心です。
さて、赤字の教室を、スタッフごと譲り受けたひなたパパ。どんどん後出し借金がわかり、とうとう社長が、差し押さえにあう。
その余波で、上納金を税務署に振り込むことになった。
途中で、スタッフが、仲間では、なくなったことを知る。
すごい、孤独感に悩むように。
使われてた時から、ものすごく会社のために働いてきたひなたパパ。
蓋を開けたら、スタッフのサボる様子、お金の搾取
いろんなことが、違う色で見えてきた。
番頭タイプのひなたパパは、教室の立て直しを測る。
ボーナスを少しずつ与えて、やめてほしいスタッフのボーナスを減額した。
こうやって、波を起こし、作り上げた。
そして、夏が暑すぎて、夏のみ5年間50万円ずつ赤字やったけど、年間通すと、立派な数字が残るように。
手段、人間、お金、続ける意欲。いろんなものが経営には必要という話でした。
そして、マッチング支援を利用して、勝算を探すのも独立の道に近づく。というお話でした。
赤字でも、何とかなる人は、なりますね。
長くなったので、この辺で、今日の作業は、脱衣所を作った。
作り方は、後日載せます。

