当時の人々がいかにマリアを「最強のスーパーヒロイン」として盛り盛りに描いていたか……その凄まじい「SF的・特撮的トンデモエピソード」をピックアップしたトンデモ伝記をご紹介します('◇')ゞ
1. 幼少期のドラゴン調伏とライオンの護衛
エジプトへの逃避行中、一家が洞窟で休んでいると突如として巨大なドラゴン(大蛇)が出現した。幼いイエスがマリアの膝から降りドラゴンの前に立つと、ドラゴンはひれ伏してイエスを拝んだ。マリアが驚いていると、今度はライオンやヒョウが群れをなして現れ、一家の先導を務め、砂漠の猛獣たちがマリアに道を開けたというエピソード。
出典:『偽マタイによる福音書』
(6-7世紀、西欧成立 / 原型は2世紀)
自然界のすべてを支配する「宇宙の女王」としてのマリアを強調したかったのでしょうか。初期の読者にとってマリアは猛獣すら従える最強の守護者だったのかもしれません。
2. エジプトの「アイドル・クラッシュ(偶像破壊)」
一家がエジプトの都市に入った瞬間、街中の異教の神殿に安置されていた偶像たちが一斉に台座から崩れ落ち、粉々に砕け散ったといういエピソードです。地元の司祭たちが「なぜ神々が自ら壊れたのか」と狼狽する中、マリアが通る道筋の偶像はすべて消滅していくのでした。
出典:『アラビア語幼年福音書』
(5-6世紀、エジプト/シリア成立)
既存の宗教システムを物理的に無効化するマリアのパワーを表現したものです。エフェソスでいえば、異教の神殿(アルテミス神殿等)をマリア教会へ「書き換える」ための強力なプロパガンダとされた可能性のある書物です。
3. 祈りの衝撃波で「異教の神殿が沈む」
マリアが異教の地で祈りを捧げると、その霊的な力によって異教の神殿が地中深くへと沈み込み、二度と姿を現さなかったというエピソードです。また、彼女を捕らえようとした兵士たちの目は光を失い、地面が割れて彼らを飲み込んだそうです。
出典:『マリアの生涯(シリア語六巻本)』
(4世紀、シリア成立)
民衆が求めたのはこうした物理的に敵を殲滅する強い女神だったのかもしれません。
4. 使徒たちの「全世界からのワープ(瞬間移動)」
マリアの死が近づくと、世界中に散っていた使徒たちの元に光の使いが現れたとされます。彼らはそれぞれ「光の雲」に乗せられ、一瞬にしてエルサレムのマリアの家の前にワープしたそうです。書物の中ではすでに死んでいたとされる使徒たち(パウロなど)までもが墓から召喚され、空中を飛んで集結したというSF顔負けの集団転送エピソードです。
出典:『使徒ヨハネによる聖母の逝去(ディミトリオン)』
(4世紀末、エルサレム成立)
5. マリアの葬列と「空中手首切断事件」
マリアの遺体を運ぶ使徒たちの葬列を、ユダヤの祭司(名はイェフォニア等)が「偽物の母め!」と叫びながらひっくり返そうとしました。彼が棺に手をかけた瞬間、目に見えない天使の剣が彼の両手首を「空中切断」したのです。切断された手首は棺に張り付いたまま離れず、彼が使徒たちの前で謝罪しマリアへの信仰を告白すると、手首は魔法のように再び腕に結合して治癒したそうです。
出典:『偽メリトによる記(聖母被昇天記)』
(5世紀後半、ローマ成立)
不信心な者への苛烈な罰と、一瞬での再生。これを見た群衆が恐れおののき、一気に改宗したという、驚くべきトンデモエピソードです。
6. 空中戦と悪魔の迎撃
マリアの魂が天に上げられる際、空中の「闇の勢力(悪魔たち)」がそれを阻止しようと襲いかかってきた。しかし、キリストと天使の軍勢がこれを迎撃し、大気圏で激しい霊的空中戦が繰り広げられた。マリアの魂は守られ、七つの天を突き抜けて至高神の元へ到達した。
出典:『使徒たちのオブリークウス(救い主の書)』
(3-4世紀、エジプト/シリア成立)
マリアの救済が単なる死ではなく「宇宙規模の軍事的作戦」であったことを示すグノーシス的宇宙観の反映とみなされています。
これらを見ると、なぜパウロ派の人たちが頭を抱え、検閲に走ったのかがよく分かります。もはや私たちが想像する謙虚で静穏な祈りのマリアのイメージは消し飛びますね(笑) なぜこれほどまでに話が膨らんでしまったのでしょうか・・(;^ω^)
アルテミスの「奇跡」に慣れていたエフェソ市民にとって、新しい守護者マリアには「前任者を超えるスペック(魔法)」が必要だったのかもしれません。物語はコピーされるたびに尾ひれがつき、最後にはSF映画のようになってしまったのでしょう。
エフェソスの山中で、ヨハネと静かに暮らしていたはずの本物のマリア。そこには奇跡も魔法も、派手な空中戦もなかったはずです。しかし、それでは、過酷な現実(疫病や戦争)にさらされていた民衆には物足りなかったのかもしれませんね。
以上、これらはもちろん創作でしょうけれど、私(今和泉)がマリアの祈りの力、霊力とでもいうべきものを疑うことができないエピソードが一つだけありますので、最後にそれをご紹介しましょう。
M氏のチャネリングでマリアが最晩年エフェソからエルサレムに戻ったとされるのが西暦41年のことでした。そしてそれから5年後の46年に亡くなったのでしたね。実は史実として、その41年というのはヘロデ王朝がエルサレムに復活した年だったのです。
ヘロデ王朝といえば、あの幼児虐殺を行いダビデの血統を根絶やしにしようとしたヘロデ=アルケラオスです。同じ血筋のものが再び王朝を開いた、ということです。ダビデの末裔であるマリアとしては、因縁の宿敵再び現る、といったところだったでしょう。
この時即位したのはヘロデ=アグリッパ一世という人物でしたが、彼はユダヤ教徒に阿(おもね)るためにそれまでにも増してキリスト教徒(当時はナザレ派のユダヤ教徒と呼ばれていました)を弾圧しました。マリアはあくまでも「自分のために」エルサレムに帰ったとされますが、この時、無意識にエルサレムに残してきた使徒たちや、息子たちの身に迫る危機を察知していた可能性があります。
ヘロデ=アグリッパ一世の迫害が佳境に入った西暦44年、使徒ヤコブ(大ヤコブの方)が殺害され、ペテロが逮捕されました。しかしその直後、ヘロデ=アグリッパ一世はカイサリアでの祝祭中に突然の激痛に襲われ、非業の死を遂げるのです。原因はただの「虫刺され」だったといいますから衝撃的です。これがきっかけでペテロは脱獄に成功し、ヘロデ王朝はたった4年で滅亡するのです。
こんな偶然があるでしょうか?私はおそらくマリアの身を挺するような祈りの力が結実した「奇跡」だったのではないかと、確信にも近い思いを巡らせております。
(続く)








