西暦500年頃、ベネディクトゥスによる原点回帰の動きが盛んになった、その100年後、三位一体といったキリスト教の詭弁による矛盾や、教会による権威主義的な圧政に対し、砂漠の彼方から疑問の声が上がりました。
それがムハンマド(西暦570年頃〜632年)によるイスラム教の勃発です。
初期キリスト教において、マリアという存在は軽視され、聖書の中であのようにぞんざいに描かれましたが、驚くことに、イスラム教ではそのマリアをものすごく大切にしているのです。イスラムの聖典『コーラン』を開くと、そこにはキリスト教の教義をはるかに凌駕する、マリア(アラビア語でマルヤム)への絶大なリスペクトが刻まれています。
1.多神教の喧騒と「ハニーフ」の沈黙
ムハンマドが登場する前のアラビア半島は「ジャーヒリーヤ(無知な時代)」と呼ばれ、メッカのカアバ神殿には360体もの様々な神の姿を模した偶像が並ぶ、欲望と多神教の喧騒に満ちた場所でした。しかし、その喧騒の裏側にも、ある静かな「流れ」が伏流水のように流れていました。それが「ハニーフ」と呼ばれる人々です。ハニーフの語源は、アラビア語で「(多神教から)逸れる」とか「(唯一神へ)傾く」といった意味を持ちます。組織化された宗教に属さず、純粋な一神教を貫く「真実の探求者」を指す言葉です。
ムハンマドはそんなハニーフの一人でした。彼は「旧約聖書」というテキストそのものを精読していたというより、その根底にある「預言者たちの物語」を神の真実として深く認知していました。彼にとって旧約の預言者(モーセやダビデなど)は、自分と同じ「唯一神のメッセンジャー」であり、彼らが伝えた元々の教えは、自分に降りてきている啓示と全く同じ源泉であるという確信を持っていたのです。
彼は部族の偶像崇拝に疑問をもち、アブラハムがかつて仰ぎ見た「たった一つの真理」を求めました。ムハンマドは、ハニーフたちが大切にしていた「タハンヌス(独居、瞑想、あるいは静慮という意味)」という習慣を、ごく自然に受け継いでいたのです。
アブラハムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教のすべてが「信仰の父」と仰ぐ最重要人物です。神とアブラハムが結んだ「アブラハム契約(神を唯一の主とし、その祝福を受ける約束)」こそがすべての起点となっています。
系譜としては、アブラハムの次男イサクの流れがユダヤ・キリスト教、長男イシュマエルの流れがイスラム教を支えるアラブ人へと繋がります。つまり、彼らは同じセム族の血を引く「兄弟」なのです。ムハンマドにとってイスラム教は「異教」を創ることではなく、兄弟たちが三位一体などの詭弁で歪めてしまったアブラハム契約を、正当な「長男の系譜」から元通りに修復(リセット)するという抗議の運動でもあったのです。
2.なぜムハンマドは「瞑想」をしたのか
ムハンマドは決して頭でっかちな勉強家ではありませんでした。むしろ読み書きのできない「文盲」であったとされています。しかし、彼は当時の社会の不条理と、形骸化した宗教に深い違和感を抱いていました。
彼は、都会の喧騒を離れ、ヒラー山の洞窟へと向かいました。そこで彼が行ったのは、思考を積み上げることではなく、「自らを空っぽにする」ことでした。これはエッセネ派のケノーシスの考え方に似ていますが、なぜ彼がこのことの重要性を知っていたのかは定かではありません。砂漠に潜伏していた初期キリスト教の隠者たちや、かつてのエッセネ派の系譜を継ぐものたちが、ハニーフたちの間に口伝として残っていたのかもしれません。
瞑想中、彼は大天使ガブリエルから突然の啓示を受けます。西暦610年のことです。この体験は非常に強烈で、彼は恐怖のあまり震えながら家に戻ったと伝えられています。彼もまた、神と直接つながるという神秘体験をしたのです。
3.コーランに刻まれた「マルヤム(マリア)」の聖域
ムハンマドは神から受け取った言葉を聖典『コーラン』にまとめました。厳密にいうとコーランはムハンマド自身が直接執筆・編集したのではなく、彼が降ろした「神の言葉」を周囲が記憶・記録し、彼の死後にまとめられたものです。
その中で、最も美しく、最も高潔に描かれているのが、驚くことに「イエスの母マリア(マルヤム)」なのです(!)
コーランではマリアのことに言及している、といったレベルのものではなく、イスラム教の核心とでもいった扱いでムハンマドはマリアを描いています。ムハンマドによれば、彼が目指した「神の振動を受け取る完璧な器」として、マリアが模範だとして描かれているのです。
〇唯一、名前を呼ばれる女性
コーランには多くの女性が登場しますが、個人名で記されているのはマリアただ一人です。ムハンマドの身近な女性たちですら名前では出てこない中、彼女だけがその固有の名前で呼ばれ、第19章には「マルヤム章」という彼女の名がタイトルとして捧げられています。
〇「世界の女性たちの上に選ばれた」存在
コーラン第3章42節には、天使たちが彼女に告げた言葉が記されています。「マルヤムよ、まことに神はあなたを選び、あなたを清め、世界の女性たちの上にあなたを選ばれた」と。彼女は、特定の教派の象徴ではなく、人類全体の「魂の完成形」として位置づけられています。
〇処女受胎の全肯定
コーランにおいても、イエスの処女受胎は揺るぎない事実として記されています。神が「なれ(クン)」と命じ、その息吹を吹き込んで、イエスを身籠ったのだとされます。つまりマリアは、知的な理解や論理を超えて、ただ神の「振動」をそのまま肉体に宿すことができる、究極の受容体であったことが、賞賛とともに描かれているのです。
ムハンマドは、マリアを「不可能なことを可能にする神の力の証明」として、最大級の賛辞を贈っています。
〇三位一体からの「救出」
ムハンマドが当時のキリスト教を批判した最大の理由は、彼らが「三位一体」という詭弁によって、イエスを神の一部という抽象的な概念に閉じ込めてしまったことでした。彼は「イエスは神などではない!」と叫び、「神はただお一人である(タウヒード)」という、アブラハムから続く最も根源的な一神教の形を守ろうとしたのです。
ここでイスラム教におけるイエスの評価について少しだけ述べておきましょう。「イエスは神ではない!」とは、何もイエスを蔑んで言っているのではないのです。それどころかイスラム教において、イエスはムハンマドが登場する直前の「最後から二番目の預言者」とされています。イスラム教には数多くの預言者がいますが、その中でも特に重要な5人――ノア(ヌーフ)、アブラハム、モーセ、イエス、ムハンマド――の一人として、イエスは破格の扱いを受けています。
ただ、ムハンマドはイエスを「神そのもの(または神の息子)」と呼ぶことに激しく拒絶したのでした。「神が子を持つ」という考え方は、神の絶対的な唯一性(タウヒード)を汚す「偶像崇拝」の始まりだと彼は考えました。ムハンマドによれば、イエス自身は自分のことを一度も「神だ」とは言っておらず、人々を唯一の神へ導こうとしただけだった、とされています。パウロやその後の教会組織が、統治の道具としてイエスを神に祭り上げ、三位一体という詭弁で民衆を煙に巻いたのだ・・・と至極まっとうなロジックを展開しています。
ムハンマドは、マリアの地位を「神の母」というわけのわからない地位から引き離し、「神に選ばれ、清められた、最高に高潔な一人の女性(スィッディーカ)」としてとらえ直しました。イエスは神ではないのであるから、マリアもまた神の母などではない、という論理です。その代わり、ムハンマドはマリアのその神への従順さという人間的な気高さを称えたのです。
4.500年周期のリセット:砂漠の原点回帰
イスラム教の勃発は、間違いなく500年周期で繰り返される「内なる神性の解放」の一環でした。制度の壁の中に閉じ込められ、難しい論理で塗り固められてしまった「神」を、ムハンマドは自分自身の、あるいは人々の胸の静寂の中に連れ戻したのです。
「神は、あなたの頸動脈(けいどうみゃく)よりも近くにいる」
ムハンマドのこの言葉は、組織や教理を通さずとも、誰もが「神と直接接続できる」という、エッセネ派以来の神秘主義の再宣言でもあったのです。
(続く)



