春の陽射しが埃っぽい部屋を暖め、時折柔らかい風がカーテンを揺らしている。
段ボールに荷物を詰め、小さな引っ越しの準備をしている息子に、「タオルはここに置くよ」「帰ってきたときにいるだろうから、下着は少し残しておくよ」「この大量の漫画の本はどうすんの?」とひっきりなしに私は背中から声をかける。長い間仕舞い込んだままの粗品の鍋など手にして「これ使う?」と聞いても、振り向きもしない。真面目に荷造りをしているのかと思えば、漫画本の一冊を手に取って、声を殺して笑っている。「なんで?あんたのためにお母さんがこんなに忙しく立ち働いているのに、自分はそんなに暢気なん?自分のことでしょ?」と、相変わらず私は吠えている。
ほんの数日前まで、その部屋は彼の城、砦であった。学校から帰ると、食事とトイレと入浴以外、殆どの時間を彼はこの部屋で過ごした。青春時代の入り口がこの部屋にあり、本やポスターやギターやCDやプラモデルやパソコンやゲーム機がひしめき合っていた。夜遅くまで鉛筆を動かしていたのもこの部屋である。
受験勉強で悶々と過ごした日々から一転、新しい世界への切符を手にした彼は、足枷となっていた鎖を自らの手で外した。同時に、これまで彼の城であり砦であった窮屈な部屋にも、光を差し入れ、風を通した。お土産のストラップ、UFОキャッチャーの戦利品、同級生と笑うフォトスタンドの写真、工作の置物、大量のプリント、問題集、大切に守ってきた筈のものにも風を入れ、その時がきたことを知らせる。
長男の時も、次男の時も、業者は利用せず、引っ越し荷物は、後部座席とトランクに隙間なくギューギュー押し込み詰め込み、私が運転して下宿先まで運んだ。助手席の息子に向かって「母」は相変わらず口うるさい。「あなたのことは何でも知っている」といわんばかりに、息子の欠点をあげつらい、それについて心配していること、注意すべきことなどを並べ立てている。助手席の息子も、これを最後と思ってか、怒らせて事故でも起こされたら大変だと思ってか、そんなことより不安の方が先立つのか、いつになくちゃんと聞いている。代わりに、後部座席の積み荷が揺られてガタンガタンと時折音を立てるのだった。
窓の外を走りぬける景色は、刻々と変わっていく。一瞬のうちに過ぎ去る風景に、数えきれない人々の暮らしと営みが見え隠れする。地図上の距離よりも、記憶にも留められないその景色の移り変わりが、ほんとうの遠さを思い知らせてくれる。我が家が、どんどん遠ざかる。京都に大学は数々あるのに、そこに縁がなかったのは、巣立ちのために、この「母」の存在を遠くに引き離す必要があったからなのかもしれない。
下宿先に荷物を降ろし、私は「じゃあね」と玄関に立つ。ワンルームの部屋はまだ誰のものでもなく、ひんやりした空気も手伝って、運び込まれた物たちが居心地悪そうに畏まって見える。長男のときは、長男らしく「ありがとう。気を付けて帰ってな」と車が見えなくなるまで見送ってくれた。次男のときは、次男らしく、「もうわかったし、はよ帰って」と言いたげに、私が車に乗り込むのを見届けると、さっさとマンションに消えてしまった。
どちらの時も、帰り道はきれいな夕焼けに包まれた。助手席の窓から長く伸びたオレンジ色の光は、まるでスポットライトのように私の左の頬を照らす。思い出を再生するのに、夕日は絶好である。幼い頃からの様々な彼らの姿が次から次へ浮かんでは消えた。すっかり日が落ち、闇に沈んだ道の先に漸く我が家が見えたとき、息子の部屋に灯りがないことに気付く。途端、言いしれぬ寂しさが身体の奥底から滲みでてくるのだった。が、そんな感傷も寂しさも、彼らの部屋のドアを開けた瞬間、一気に吹っ飛んでしまう。
「これ、誰が掃除すんの?」
この春も、進学や就職、転職、異動によって、多くの若者が親元を離れていった。跡を濁したまま飛び立った鳥たちの後始末は、寂しさを押しやるには充分過ぎるだろう。
