2012年11月10日、私の愛するパヒカが天国へ旅立ちました。



パヒカとの出会いは私がまだ10代の頃。

パヒカより四ヶ月先にアメリカンコッカースパニエルのリカを飼っていて、そこにパヒカはやってきた。

一人暮らしをしていた私は、その頃まだまだ子供で、いつもリカとパヒカに助けられてた。

夜寝るときもリカとパヒカと一緒だったから怖くなかったし寂しくなかったよ。

リカとパヒカは双子みたいで、私にとっても兄妹みたいな存在で、いつも一緒にいた。



パヒカと一緒に過ごした14年間。



何年か前から心臓と肝臓が悪くなって、二週間に一度の病院通いと、毎日沢山の薬を飲みながら頑張っていたパヒカ。

今年の二月、夜中に突然バタっと音がして飛び起きるとパヒカが倒れてて、急いで救急病院に連れて行った。

パヒカは肺水腫になっていて、病院の先生からは五分五分です、覚悟しておいて下さいと言われた。

酸素室の中の苦しそうなパヒカを見て、私も胸が苦しかった。

朝になったらパヒカの主治医がいる病院に連れて行く事になった。

そのとき妊娠中だった私は、救急病院の待合室のソファで横にならせてもらいながら、彼と朝になるまで待った。

そのとき、強く強く念じたんだ。

お願いパヒカ、もう少しだけ待って。

出産の時、しばらく離れ離れになるけど、お願いだから待ってて。って。



パヒカは回復して、私のお願い通りちゃんと待っててくれた。

相変わらずの病院通いと、沢山の薬を飲む毎日だけど、パヒカのいる生活は本当にあたたかくて幸せだった。


パヒカはきっと色んな事を見届けてくれて、お姉ちゃんはもう大丈夫だって安心したんだと思う。

パヒカが天国にいった11月10日は、雲ひとつない青空だった。

こんなに美しい日をパヒカは選んだんだね。

私のお願いを聞いてくれて、この日まで頑張ってくれたパヒカ。

娘にも会わせる事ができたし、一緒の写真も沢山撮れた。

大丈夫、パヒカが選んだこの日で、大丈夫だよ。

本当は、今年の二月に倒れた時が寿命だったのかな。だけど、私の準備がまだできてなかったから、この日まで、私が大丈夫になるまで頑張ってくれたのかな。





パヒカとの14年間、やり残した事も伝えそびれた事も何ひとつないから悲しくないよ。

今日まで頑張ってくれて、本当に本当にありがとう。





パヒカの火葬には、パヒカを大切にしてくれてた友達たちも駆けつけてくれて、みんなが沢山泣いてくれたから、私は少ししか泣かないでいられた。

こんなに沢山愛されてたパヒカ。

いつもみんなを笑顔にしてくれた。

パヒカ、生まれてきてくれてありがとう。




犬を飼うという事は、本当に大変な事だらけ。

その分、感動や可愛さ、かけがえのない色んなものもあるけれど、それと同じくらい苦労もある。

今回パヒカの病院通いや入退院を長い間経験し、そしてパヒカが亡くなって、色んな事を考えた。

今の世の中で、犬は人間に飼われる以外生きていけない。

捨てられた犬たち、健康に生まれなくてお店で売る事の出来なかった犬たちは、ほとんどが殺処分される。

保険制度もあまり浸透していなくて、高額な医療費を払えず諦めるしかない人たちもいる。

ひとつの命が生きて死んでいく事はこんなにも大きな事なのに、毎日沢山の新しい命が人間によって作り出されてる。

犬を飼うという事は、趣味なんかじゃない。相手は命で、そう簡単にできる事じゃない。

それなのに、毎日毎日犬は生まれてる。

お願い、これ以上悲しい命は増やさないで。。

命相手に、運やタイミングが全てだなんて間違ってる。

生まれてきた全ての犬たちが大事にされて、幸せに自分の命を全うできる世の中にならなくちゃいけないと強く思った。




私には何ができるのか、微力でも、少しずつでも変えていけるように、これから考えていきたいと思います。




最後に、今までパヒカを応援してくれてた方たち、パヒカのブログを読んでくれたり、パヒカにお手紙やプレゼントを送ってくれたり、街で会った時に声をかけてくれた方たち、パヒカを一緒に大切にしてくれた友達や家族、私のマネージャーさんたち、パヒカの病院の先生、看護師さんたち。

今まで、本当に本当にありがとうございました。

パヒカは幸せでした。

これからは、いつも心の中に。。


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