高層ビルが必死に走っている三人を嘲笑い見下ろすように聳え立っている。太陽が翔とエレナを照らしつけており、二人は体中汗を流して頬を紅潮させながら機械から逃げるように走っている。この時間枠でも冬なのだが、日差しが強く走っているだけでも汗が流れてくる。涼しい風がたまに流れ込んでくるだけで、外は地獄と言っても過言ではないだろう。
 泉は流れ行く景色を見ながら必死に考えていた。この立派なビルは誰か建てたのだろう、と。この世界にはたった五人しかいないのに、こんな立派で輝いている高層ビルなぞ使う人は殆どいないだろう。こんな戦時中だし機械だって内部に入り込んでくることも可能性としては低いが有り得る。必死に考えていると、エレナの「ついたわよ」という声が聞こえた。其の声は全てを出し切ったといった感じで、息だけで呟いたといった感じだろう。泉は驚き目を見開いた。なんと、其処は立派な高層ビルであり、この地区で一番豪奢で首が圧し折るほど見上げないと、最上階まで見えないほどだ。
 エレナは得意げに鼻を鳴らしてまるで自分が作ったかのように二人を招待した。翔もエレナとは従姉弟関係だったが、知らなかったらしく泉以上に目を大きく開けて驚いている。
 彼等が一歩近づくと、扉は奇妙に開き強風が彼等を襲う。小柄な泉はひっくり返ってしまいそうなくらいだったが、後ろにいた翔がフォローしてくれたので何とかなった。先程までとは違い、エレナは真剣な表情をしていた。其れは怯えているようにも見えた。
 エレベーターで最上階まで行く。なんと、このビルは千階まであるのだ。泉は倒壊しないのかなと不安に思ったが、言うと笑われそうなのでじっと其の言葉を呑み込んだ。エレベーターは予想以上に早く着き、降りた瞬間、黒く大きな扉が現れた。エレナは数秒ほど前を見つめていたが、すうっと深呼吸をし後ろにいた二人に笑顔で振り返った。

「おっそろしい人だから暴言とかは絶対吐かない事。後は騒がない方がいいわ。余計な質問もしちゃ駄目ね」

 と、泉と翔を交互に見つつゆっくりと説明をする。「いくわよ」という号令が掛かった。取っ手がない扉が開く。すると、其処にはソファやらテレビやらデスクやらが沢山あり散らかっているといった方が適切な場所だった。
 人の気配はしないがエレナが「スペクルトさーん」と叫ぶと素っ頓狂な返事がした。エレナは恐ろしい人のように語ったが、現れた男性はとても優しい顔立ちをしていて、背も高くて手足がすらっと長い。他の人だろうと、二人は疑ったが他に人はいないようだった。
 エレナは二人に目配せをする。先程の言動は控えるように、と言いたいのだろう。困ったような笑っているような訳の分からない表情をしている、スペクルトと呼ばれた青年は三人にソファに腰掛けるよう要望した。透明な机には既にコーヒーが用意されており御持て成しは最高だった。

「あ、エレナは甘い方がよかったんだね。砂糖とミルク用意してるから」
「有難う」

 無愛想に一言だけお礼を言い、エレナは深く堂々とソファに腰掛けた。まるで、いつも座っているような態度で二人は驚いたが早くとせかす彼女の言うがままになっていた。
 翔は泉の隣に腰掛け、エレナの手首を掴み尋ねた。

「お前って甘いもの大丈夫じゃなかったけか」
「甘い人、がきらいっていったのよ、私は」

 と言いながら砂糖一袋を余裕の表情で真っ黒いコーヒーに入れている。ミルクは渦を巻いていた。翔は不思議そうに首を傾げたが、平然と其れを啜っているエレナを見て安堵した。そうして、きょろきょろしている泉に視線を移す。

「そんなキョロキョロして、怖いのか?」
「ううん。なんか、テレビドラマで見る警部補みたいな部屋で」
「驚いたってことかい」

 エレナの隣に座りながらにこにこ笑っているスペクルト。その笑みはどす黒く、企んでいるかのようで泉の背筋は震えた。エレナはふうっと溜め息をつき立ち上がりながら、スペクルトに問いかける。その瞳は睨めつけているような冷たい視線を浴びせていた。
 しかし、彼は動揺せずにまだ細い目をもっと細くして笑っている。その顔は確かに頼りなさげだが、どちらかというと格好良く好青年を物語っていた。黙っていれば本当に好青年のように見えるが、其のいやらしい表情を見るとふざけているようにしか見えないのである。

「あと二人は何処にいるのですか。人類の生き残りは」
「其の人たちがいなければ、この世界を救えないとでも言いたいのか?」
「貴女が協力すれば済む問題なんだけどね」

 エレナは精一杯皮肉を浴びせたが、彼には全く通用しないようでへらへらと軟弱な笑みを浮かべているだけだ。彼女ははっとした表情になり、自分の頬を軽く叩く。落ち着きを取り戻し、ソファにまた腰を下ろして「教えて下さい」と俯きながら懇願した。
 何時もとはまったく違う彼女を見て、翔は不気味に思ったが、スペクルトの笑みはそれ以上にもっと不気味でまるで悪魔のようだった。隣の泉を見ると体を震わせているので自分の上着を一枚脱ぎ、彼女に着させてやった。「有難う」と囁く横顔は青褪めていた。

「ヒントをいうと、僕が生き残りって可能性は低い。場所は自分達で考えた方が分かると思う」

 三人とも疑問を覚えたが、誰かが質問をする前にエレナは早急に「分かりました」と答え立ち上がった。さようなら、や失礼しました、の言葉もなくエレナは部屋を去っていく。翔も急いでその後を追いかけ、泉一人が取り残された。立ち上がろうとしても足が思うように動かなくそのまま静止していた。すると、前からスペクルトの声がする。

「エレナは本当に怒りん坊なんだよな」

 泉の足は動くようになり、急いで二人の後を追いかけた。部屋には彼がただ一人、残された。
 彼女が二人に追いつくと、エレナは神妙な顔つきでエレベーターのボタンを押していた。

「どういう意味だったんだ、あれ」
「さあ。あの人の言うことは分からないの、私でも」

 ちーんという虚しい音が鳴り響く。翔はふーんという相槌を打ちそのまま乗り込んだ。しかし、泉は乗り込もうとはせず、上着の裾を必死に掴み冷や汗を流していた。「どうした」と翔が言うと、彼女は震えている唇を必死に動かしこう呟いた。

「あの人、見たことがあるの」

 彼等は地下一階という階にまだ気づいていない。