昨年応募したエッセイが、最終選考5名のなかに残っていると通知が来た。
実は3年前にもその2年前にもエッセイを応募したことがあるのだが、初エッセイは準最終選考10名までに残ったがそれでおしまい。
初エッセイは、旧東ヨーロッパ諸国の崩壊~ソビエト連邦からロシア共和国への変遷を書いてみた。
英語と他言語の二通りで書かなければならない最低基準が掲げられていて、私は英語とスペイン語でそれについて楽しく書いた。
その二年後も応募したが、今度は東西冷戦後の世界の配置図~東ベルリン・自由剥奪の刑~というタイトルで、英語とフランス語で書いてみた。
最終選考3名まで残ったが、1位のspeechの時期と骨髄移植手術の時期が重なっていたためご辞退申し上げた。
そして今回は今突然タイムリーな話題になってしまっているが、中東アラブ諸国とペルシア・イラン…そしてイスラエルとの対立の構図のタイトルを英語と日本語で書いた。
私の拙い日本語はまだまだ不完全であることはよくわかっている。
でも不完全でも、自分の知っているvocabularyのなかで自分の思いを書きたい。
私はアメリカ合衆国に生まれ14歳の終わりまで過ごした。
ハイスクールからは両親の母国である日本に渡った。
アメリカにいるときもお家での会話は日本語と決められており、会話はまあまかそれなりにできてはいた。
しかし文字の読み書きは、日本のハイスクールに入るまではひらがなを読める知識しかなかった。
自分の日本名も漢字表記をするのは絵文字のような筆順で漢字を書いていたものだ。
日本語をまともな状態にするためにすべきことはたくさんあった。
① ひらがなを読み書きする
② カタカナを読み書きする
③ 漢字を読み書きする
④ 縦書きに慣れる
こんなことを簡単にこなしている日本人たち全員が天才だと思うようになった。
毎日毎日猛勉強したあの頃…
パワーあったよね(^_^)v
今でも日本語は超難関だが、解らないことばは取り敢えず自分でまずは調べてみる。
それでも解らなかったら教えてもらう。
辞典などではニュアンスがよくつかめない。
そして自分のものとして、文章のなかで使ってみる。
ことばは不思議な力をもつcommunication toolだとは思う。
がしかし、日本語は別物だと思う。
日本語で使う漢字とひらがなの組み合わせは、見ているだけで美しさを感じる芸術だとも思える。
日本人は、こんな美しい言語をもっていることにもっともっと誇りを持ちましょう!
そして今日はこのことばを贈ります♡
Lighten up!気楽にやろうぜ!
私はもともとスラングが嫌いですが、この英語スラングはことば的に語源がはっきり解って美しいことばで、もっともっと元気が出ることばなのでよく使います。
うまくいく日もあれば、なかなか気乗りしない日もある。
でも毎日がうまくいってばかりなら、変化のない毎日で退屈になってしまう。
そんなカンジ(*^_^*)
今日もしあわせでした♡
今日もありがとうねっ♡
今日は日本のことばかり考えてたから、ガッツリ和食だぜ✌
豚汁と五穀米のおにぎりときんぴらごぼう
