うちのパパは私たちの前で英語を話すのを嫌う。
なぜならば、パパがアメリカに来て間もない頃の英語の発音がかなり酷かったらしいからだ。


パパは大阪出身でママは山口出身で、お互いにこちらに留学中運命的に出会ったらしい(笑)




その頃のパパの発音は、取り敢えずは相手に通じればいい程度の英語が関西弁に聞こえてくるような酷いものだったとか(笑)
ママはというと、英語に厳しい高校を卒業しもともとは絶対音感がいい(本人による)から、とてもきれいな発音をしていたとか(笑)


確かに日本の高校に通ってわかったことは、男子ってきれいに英語を発音することにためらっていると言うか、恥ずかしがっているように思う。
ぜんぜん恥ずかしいことでも何でもないのに、周りを見ると正しい発音を試みようとすると女子がクスクス笑ってたりワケわかんない空気が流れていたことを思い出した。


パパもそんなトラウマがあるのか、ママに内緒で発音矯正講座を受けたりして見えない努力をしてきたようだ。
(注意  わが家のママは周りをまったく気にすることなく生きている人だということを申し添えておこう)

パパはお仕事上、10か国語以上の言葉を自由に操る。

今の彼にとって、言語とは伝えるための手段にしか過ぎないのだ!
私もそのことについては全く同じ考えでいる。



日本人の皆さんは頭もいいせいか、間違うことを恐れている。
完璧に話そうとするから話せないでいる。


私が日本に行った当初、ひらがな読めるだけのレベルで現文の朗読で当たれば、すべての漢字をスっ飛ばして読んだり、校内の連絡事項を各自が控えて帰る掲示板の漢字もまったく読めなかったのだ。
先生が授業で書く板書もまったくとれないでいた。
もうもう頭のなかは真っ白で、目の前は真っ暗だった(笑)

私はよく間違えていたし、解らないところを訊きに行った。
最初はみんな物珍しいから親切に手厚いもてなしをしてくれたが、お言葉に甘えすぎたせいかいつの間にかウザがられていたらしい。
みんな顔で笑って心は煮えくり返っていたらしいが、空気が読めない私にはわからなかったのである(笑)

そんな苦労をしたおかげで、私はnative Japanese speakerの如く日本語が上達したのである(自画自賛ゴメンナサイ)。

しかしこれには、私のひとつ上の先輩たちの温かいご指導があったことを私は決して忘れない。
掲示板の前でいつも呆然と諦めかけて笑っていた私を救ってくださった先輩の声かけで、毎日放課後は先輩方のご指導で日本語講座が開かれた。
たくさん教えてくださりたくさん学んだ。
今でもこの頃のことを思い出すと涙がボロボロ出てくるほど救われた気持ちだった。


何かのきっかけで思ってる以上の吸収もあり得るのかもしれないが、間違ってもそこから学べることがたくさんある。




話を戻すと、パパがよくお仕事のお電話がかかると自室にこもってしまうが、それは日本人男子の譲れない誇りなのかどうかは定かではない(笑)


いずれにしても、

   パパ、ガンバレ(*^▽^*)