まだ薄暗い時間だけど目が覚めてしまった
今日は、私の大切なお友だちが天に召された日だからだ。
Joyce Herzogは15歳で天国に逝ってしまった。
German-Canadianの女の子で、私が高校2年生のときSanta MonicaのUCLAに心臓の手術を受けるために入院していたが、そのときJoyceも同じ心臓の病気で入院していた。
私は15歳になる1週間前に日本に行ったが、それまではあまりに母国アメリカ合衆国で好き勝手してたからなのか、日本での風当たりの強さに参ってしまったのか、あり得ない病気に苦しめられていた。
でも普通に学校に行くこともできたし、まあそこでとんでもないことが起きたわけだが、それはそれで人並みの生活を送ることができたわけだから由としよう。
しかしJoyceの病気は生まれつきの先天性のもので、彼女は一度も学校に行くこともできなかった。
Joyceとはすぐに仲良くなり、お互いの部屋の往復をしてた。
私にいろんなことを尋ねてきた。
彼女は医者になることを夢見ていた。
Joyceの心臓を治すためには、心臓移植をするしか方法がなかったのだ。
心臓のドナーさんを見つけることはほぼ不可能だと言っていいと思う。
がしかしある日の朝、Joyceのドナーさんが見つかったのだ!
Joyceが車椅子をブッ飛ばして私のお部屋にやって来て、機関銃のように私にその報告をしてきた。
信じられないよね!
こんなことってあったんだよね!
まずは私の手術が先に行われた。
何度も心臓停止になり、それも簡単な手術ではなかった。
私はあちらの世界に逝きかけたような気がする。
心臓停止の瞬間、綺麗な川が流れてお花畑のある知らない場所に、誰も知らない人たち、そして亡くなっている私の知り合いの人たちが私に手招きしていた奇妙な場所にいた。
時間ははっきりしないが、たぶんその頃だろう。
しかし誰かが私の名前を呼んでいた。
自分より下の方からかすかに聞こえてきた。
それからぼんやりと目が覚めた。
私は取り敢えず生還できた。
Joyceの移植手術の行われる前夜、彼女が私のお部屋をいつものように訪ねてきて、いつものように語った。
お互いの夢についてたくさんたくさん語った。
そして必ず日本に来てくれると約束した。
私もJoyceのいるカナダに行くことを約束した。
Joyceの移植手術は翌日の午前10時に始まった。
私はその日の午後に退院することになっていて、彼女とは彼女がそうしてくれたように、お互いにhugをして彼女を見送った。
彼女はとっても綺麗な顔をしていた。
とっても落ち着いていた。
いなくなるなんて思える理由はなかった。
私は退院をし、ママと予定していたSan Diegoのホテルに滞在していた真夜中だった。
ママの携帯に電話が鳴った。
Joyceが死んだと彼女のママからだった。
すぐにLAに向かった。
再会したときのJoyceはまだあったかかった。
私は泣けなかった。
涙が出なかった。
彼女がいなくなるなんて信じられなかったから。
奇しくも昨日まで、場所は違うが私も心臓の不調で入院していた。
昨日お家に帰ってパパとママにJoyceのことを話した。
二人も彼女を忘れてはなかった。
私は同じ病気で、二人の大切なお友だちを亡くしている。
そして今、私は骨髄移植も克服し生き続けている。
長いあいだ病気と闘っていると、生きることが本当に苦しくなる。
何度も死にたいと思っていた。
事実、私は何回か自ら天国に逝きたいと選んだことがあった。
でもその勇気が足りなかった。
いえ、むしろ逝きたい気持ちより生きたい気持ちが勝っていたのかもしれない。
誰かが言った。
どんなことがあっても途切れないものは奇跡かもしれない。
これは人との出会いについて言ってくれた言葉だが、人間の命についても同様なことが言えるように思う。
私は恥ずかしい話だが、夜眠るのが怖かった。
病気をもっていると、夜が怖いし、眠ったらこのまま目が覚めなくなるかもしれないという恐怖心が異常にある。
でも私は毎朝目覚めることができると、まずは私の大切なひと、Joyceともう一人亡くなった綾香ちゃんに生きてるよと挨拶をしている。
そしてパパとママにも見てくれなくても、メールで生きていることを伝えてしまう癖がある。
それは相手が心配しているとかではなく、本当に目覚めることができることが嬉しいから。
そしてこのごろは、毎日をしあわせに感じあったかい気持ちで安心して生きている。
だから夜も少しだが怖くなくなってきている。
おそらくこんなことを話しても物笑いのネタになってしまうんだろう。
でもいろんな人たちとの出会いとお別れを繰り返してきたから、特にそう思う。
Joyceはもうすぐ19歳になる。
Joyceのママと弟のLawrence
日本のお家にChristmasに来てくれた
