わが家のお家のお手伝いをしてくれていたEmilyが結婚することになった。

彼女は私と同い年だ。

しかし彼女のご先祖さまはアフリカ人で、古い時代に奴隷としてここアメリカ合衆国にやって来た所謂アフリカ系アメリカ人だ。

私がmiddle schoolのときにわが家にお手伝いさんとしてやって来た。
汚くて臭くて古い洋服を着てある日突然やって来た。


わが家にお手伝いさんは必要なかった。ママはそういう人を置くことをいちばん嫌う。自分たちのことは自分でさせる主義だ。がしかし学校に行くこともできない貧しいお家の子どもたちを健全に育てるためには、両親ちゃんと揃い決して虐待されることのない家庭のメイドとして働き賃金を稼ぐしかなかったらしい。

ママもパパも決してエミリーをお手伝い扱いすることはなく、私と同じように厳しく躾をした。
エミリーはスラム街から来たからお食事のマナーもなってなく汚い食べ方をした。
みんなが揃うのを待たずに勝手に食べ始める、スープは音をたてて食べる、パンはちぎらずにかぶりつく、フォークやナイフ、スプーンの音をカチカチさせる、バターや塩を取るのに平気で人の前に手を出して取る...エミリーが来てからのお食事は本当に不愉快で不味かった。
お手伝いさんなんだから別に一緒に食べなくていいのに!なんてずっと思ってた。



いちばん嫌だったのは、私が学校に行っているあいだエミリーが勝手にお部屋に入って私の本などを読んでいたこと。

elementary schoolのころは本当に何もお勉強もせずに、そして本なんかもbookshelfの彩り程度でまったく読んでもないのにエミリーにだけは触らせたくなかった。

私はエミリーが大嫌いだったから意地悪ばかりしてたような気がする。

エミリーが触ったものはぜったいに触りたくないからエミリーに無条件にプレゼントさせてもらった。


しかしある日その事がママにバレてしまい酷く叱られた。
私の今まであった本はすべて部屋から撤去された。
エミリーはただの意地悪なプレゼントで手に入れた本を毎日必死に読んでいた。
文字も読めない彼女は、勝手にstoryをつくって悲しいお話の本も楽しそうに読んでいた。



学校から帰ってくる私に気づく様子もなく本を読んでいた。
書いている内容とまったく違うstoryを話している彼女をみて初めて文字が読めないことを知った。


私は知らなかった。
この世の中に字を読むことすらできない人がいることを。

いつものようにお調子者の私は、意地悪なんかそっちのけで彼女に文字が読めないのか訊ねた。



学校に行けないことも初めて知った。
だからお家にずっといたことも認識した。


エミリーに文字を習いたい?って訊ねた。

もちろん!とエミリーが答えた。



そしてその日の夜から毎晩エミリーと私のお部屋で眠ることになる。
私がいくら疲れててもエミリーはガンガン質問してくる。
それでいつも取っ組み合いのケンカをしてた。



大嫌いだったエミリーが、いなくてはならない存在になっていた。

私は足に障害があり、使った分は毎日マッサージしないと翌日には動かなくなる。
エミリーは毎晩欠かさずマッサージをしてくれた。
私が気持ちよくなり爆睡してても続けてくれていた。



エミリーは、わが家から支払われるお給料はすべて自分の家族に仕送りしていた。





わが家では、教育の一貫としてあらゆる分野の見聞を広めさせようと小さい頃からオペラ、オーケストラ、バレエなどの鑑賞、観劇をする。
子どものドレスもすべてちゃんとオーダーして正装で出かける。


ママはエミリーにも私と同じにドレスをつくり、わが家は家族四人でそんな場に出かけることが多くなった。


パパはほとんどお家にいられないから、ママがエミリーの躾をしていた。
私が学校に行っているあいだに、お食事のマナー、話し方、お料理、お掃除、電話の出方など最低限のことを厳しく教えた。


エミリーと姉妹のような関係になってからは、よく二人でいたずらしてママに二人ともがこっぴどく叱られたりもした。





14才のとき私とママが急に日本に行くことになり突然エミリーとお別れする日が来てしまった。

悲しかった。

私は日本に行くことでたくさんの大切な人とお別れをしてきた。


Sacramentoを発つ日も日本に降り立った日も雨だった。



私は甘ったれだからエミリーに抱きついてガンガン泣いた。
でもエミリーは決して泣かなかった。


後になり泣かなかった理由を訊ねたことがあった。
すると、アシュリンとはどこにいても繋がってるから泣く理由はなかったの。とあっさり言われてしまった。



日本とアメリカで離れてエミリーとは手紙で繋がっていた。
相変わらずspellを間違ってる彼女には、そのままコピーして赤ペン先生のように添削して返したことも何回かあった(笑)



日本で私にはいろんなことがあった。
でもエミリーには一度もそのことは話したことはない。
エミリーは生まれてからずっと幼児虐待を受けてきた。
彼女のママはずっと刑務所暮らし。
彼女にはトラウマがある。
だから思い出させることにもなるから言わない。



エミリーの伴侶となるひとは、なんとなんとジョージア大学を卒業し、小学校の先生をしている22才の男性だということだ。

12月30日にお式を挙げることになっている。
パパとママがお式の立会人をするらしい。
例え、日本に帰っていたとしても絶対にエミリーの祝福に行くつもりだ。



エミリーに本当の意味での家族ができて、私もすごくしあわせに思う。