県営の借家に住む我々を可哀想に思った義父母との同居を始める際の、2割に満たない出資しか出来ない息子には生活の指針を語る「資格がない」と否定された時から居候の身分は覚悟していた。
しかし義母にとって私は曾孫より下の位置にいるのはとても辛い。居候とはいえ2階に来るのに私の許可は要らないのだから。誰が何時に何をするか全て把握していないと気が済まないし、ゴミ捨てさえ「遅かった」と言われる。私のプライベートは33才の冬から無くなった。
同居の時期を間違えた事に留まらず、結婚さえ後悔する程萎えた自分を卑下する。激高した自分を自分で十数回殴ることで気を沈ませている。出ていく甲斐性も無いので諦めさせることでしか逃げ道がないのだから。もはや拷問か。
しかし義母にとって私は曾孫より下の位置にいるのはとても辛い。居候とはいえ2階に来るのに私の許可は要らないのだから。誰が何時に何をするか全て把握していないと気が済まないし、ゴミ捨てさえ「遅かった」と言われる。私のプライベートは33才の冬から無くなった。
同居の時期を間違えた事に留まらず、結婚さえ後悔する程萎えた自分を卑下する。激高した自分を自分で十数回殴ることで気を沈ませている。出ていく甲斐性も無いので諦めさせることでしか逃げ道がないのだから。もはや拷問か。