大晦日のアメ横
”年の瀬の慌ただしさ”で、皆、ある種の興奮状態。
揉まれに揉まれて、「一時はどうなる事かと・・・?」、チョット、怖かったですね~。
でも、美味しそうな食べ物を買い込み、年末を堪能出来て、その後は「年越し蕎麦」にまっしぐら・・・!
元々は「アメリカ横丁」の意味なのですよね。
ここはまだまだ、この後が大混雑でした!
手に乗せた一山で1,000円!
1個から始まって、どんどん上積みして行って、最後にはお得な値段にも拘わらず・・・買う人は殆ど見掛けませんでした。
でも、少々、見惚れました!
目出鯛!目出鯛!
何人分の「蕪の甘酢漬け」が・・・?
正月と言えば「かまぼこ」と「伊達巻」、でも、今年は洋風なのでどちらも無し。
これは結構、売れてました。
???結局、何だか分かりませんでした!
1個1,000円で安かったけれど・・・。
近寄る人無し!
★こう言う時は「日本って面白いなぁ~!」と心底、思ってしまいます。
でも、通常の日の人の多さには”辛いもの”がって、マレーシアに戻りたくなります。
また、何故か日本に戻ると、”お腹の調子”が悪くなります。
原因は分かりません!
さてさて、遅くなりましたが・・・「謹賀新年!」。
本年も引き続き読んで頂けます様、心よりお願い申し上げます。
なお、今年は夏頃にブログから抜粋して、「マレーシアについて」の本を出版する予定です。
もし、マレーシアについて知りたい情報がありましたら、ご一報頂けますでしょうか?
コメントにでも書き込んで頂けましたら幸いに存じます。
何でも結構です、是非、お待ちしております!
またはメールのアドレスはhinakokl@gmail.com です。
では、今年もよろしく!
追記:アメ横の成り立ち
アメ横商店街の成り立ちは、第二次世界大戦終戦後、廃嘘と化した東京の中で、人々の移動や物流の拠点であった上野駅を中心に発生した闇市が発端であります。
当時、闇市は新宿、渋谷、池袋など現在のターミナル駅周辺にも発生しましたが、現在まで進化しひとつの商店街として存在しているのは唯一「アメ横商店街」ただひとつです。
歴史もあり、六本木ヒルズやお台場、ご近所のショッピングモールというような作られた華やかさはないですが、味わい深い、自然に成長してきた力強さ、飾り気のない熱気みなぎる活力を持ち合わせる「アメ横商店街」は他に類をみない特徴のひとつです。
話は前後しますが、敗戦後の闇市時代の東京は白いご飯一杯でさえ満足に食べることができない食糧難でした。
当時戦勝国アメリカを主導とするGHQの占領下で食糧は配給で着る物も満足なものがありませんでした。
その中、上野の闇市ではアメリカ軍からの横流し晶、例えば貴重な砂糖や払い下げのパンツ、衣類などが流通するようになりました。
そこから「アメ横」と呼ばれるようになったらしいです。
詳しくはアメ横のHPのこちら から。
私のHP「Long Stay in Malaysia」はこちら から。







