主人「林 春生(本名 林 良三)」の生家へ
私事ですが・・・私の主人は島根県大田市の静かな田園地帯で生まれています。
その後、家族は松江市へ出て行きます。
しかし、美しいけれど静か過ぎる古都「松江」では飽き足らず、都会に憧れていた主人は大学卒業後、フジテレビに入社。
とても堅くて厳しかった家からは「テレビ局なんてトンデモナイ!」と・・・数年間、勘当されてしまったそうです!
その頃はテレビ局に就職なんて、まともな人間が働く場所では無い!と思われていたのですから・・・。
世の中って”様変わり”しますね~。
そのフジテレビで「おとなの漫画」・「ザ・ヒットパレード」・「新春かくし芸大会」などのディレクター 兼 作曲家(タイガースの「モナリザの微笑み」・「花の首飾り」・TVゲーム「ドラゴン・クエスト」など)だったのが私の実兄です。
主人はその時、アシスタントディレクター・・・その後、ディレクターに。
そして、兄の勧めで作詞を始めたのです。
私の方は父が他界して母が「下宿屋」を始め、そこに兄の紹介で越して来たのが主人でした。
つまり、”下宿人と下宿屋の娘”の取り合わせで・・・昔は良くあった、全くありふれたパターンです!
<主人の生家>
母屋はフランスに移築、お蔵は出雲市の和食屋さんに移築。
”日本の古い物の良さ”が世界的に人気なのでしょうか?
<主人の経歴>
先日、亡くなった兄が立てた看板です。
9歳年上の兄は弟が可愛くて、可愛くて、よって、恥ずかしながら・・・です。
国道9号線の「五十猛」から15分くらい奥に入ったところ。
でも、一体、誰が見るの?と言える様な場所ですよ。
<長男と・・・>
空の上から見てくれていますか?
57歳の若さだったので・・・生存中はフジテレビのディレクターと作詞家のダブルの仕事、凄まじく大変だったと思います。
でも、深夜、幼子を・・・一人は背中におぶって、一人は手を引いて、作詞が終わるまで泣きながら寝静まった団地内の道を歩き廻った事もあったのですよ~!
周りはこんな風景です。
この山の上にある林家の先祖代々のお墓にお参りして来ました。
どちらかと言えばバタ臭い(古い言い方!)に育った私は「お墓参り」は不得手の部類に入るのですが・・・先祖は大事にしなければ・・・と、真剣に手を合わせました!
★「故郷」のある人達は・・・「故郷」に対して”熱い思い”がありますよね~。
”東京生まれの東京育ち”の私には「故郷」ありませんでした。
ただ、10年住んだアメリカにはそれに近い気持ちがあって、まだ、たった2年ですが・・・その内、マレーシアにも”熱い思い”を持つようになるような気がします!


