ジム・トンプソン | Hinakoのマレーシア快適生活!

ジム・トンプソン

タイが”布の国”なら「ジム・トンプソン」を忘れてはいけませんよね。


私はこのマレーシアに移住する前にジム・トンプソン氏の失踪事件を題材とした、松本清張の「熱い絹」と言う推理小説を読みました。

このブランドのオーナーで、元々、アメリカ人なのですが、タイシルクを世界中に広めた人なのです。

その結果、ジム・トンプソン氏は大金持ちになりましたが、遊びに来ていたマレーシアの高原キャメロンハイランドから、ある日、突然、消えてしまったのです。

以前はOSS(CIAの前身)のアジア担当のトップであった事も絡んで、様々な憶測がなされましたが、未だに事件の全てが謎に包まれている様です。

松本清張氏の力量が出ている作品だと思います。


Hinako の マレーシア快適生活!-ジム・トンプソンマット
<ジム・トンプソンのアウトレットで・・・>

4色の絹混紡のランチョンマットと絹100%のハンカチです。

ハンカチはタイのシンボルである象の絵柄・・・光沢が良いです。

アウトレットだけあって、50%OFFでした!

マットが1枚650円くらい、ハンカチが1,100円くらいでした。


Hinako の マレーシア快適生活!-コーヒーJT

<ジム・トンプソンアウトレットのカフェ>

美しい絹の(?)テーブルクロスの上でコーヒーを飲みました。

小さなビスケットが付いて約270円也。

味はまぁまぁ・・・ブログに載せたくて!


1967年にジム・トンプソン氏が失踪した後も、ブランドとして、残された人々に脈々とその意志は引き継がれて今日に至っている様です。

すごいですね~。

どこかで隠れて生存していたのでは?と思いたくなってしまいますが・・・。

ジム・トンプソンの公式サイトはこちら です。

ジム・トンプソン氏の”鋭い眼”をした写真が見られますよ。


追記:タイ・シルク

(長いのでシルクの項からコピーします。)

<ジム・トンプソン>

その後、OSSのバンコク 支局長に就任するが、第二次世界大戦の終結により帰国命令を受ける。しかし、アメリカに残る妻と離婚したことなどもあり、タイに残ることを決意し、当時バンコク唯一のヨーロッパホテル として知られていた『オリエンタル・ホテル』(現在のジ・オリエンタル・バンコク )の経営に携わった後、当時機械織りによる大量生産の普及などで衰退の一途をたどっていたタイ・シルクに着目する。

私財を投げ打ってタイ・シルクの復興とその売込みに没頭した結果、アメリカのファッション 業界を中心に注目を浴び、ハリウッド 映画王様と私 』の衣装として使用されるなど、欧米諸国でタイ・シルクの人気が上がり、その結果、トンプソンはタイ・シルクを復興させた男として欧米のみならず世界中で知られることになる。

<謎の失踪>

1967年 3月26日 に、休暇で訪れていたマレーシア の高級別荘地、キャメロン・ハイランド にある友人の別荘『ムーンライト・コテージ』で忽然と姿を消し、マレーシア軍 や警察、現地の住人などのべ数百名を動員した大規模な捜索活動にも拘らず、その姿は二度と発見されることはなかった。

失踪当時、トンプソンは自らの名を冠したタイ・シルク製品生産、販売の成功によりアジアだけでなく、アメリカやヨーロッパでも有名になっていただけでなく、失踪当時ベトナム戦争 が激化しており、それに伴い東南アジア でも諜報活動が盛んになっていた上に、トンプソン自体が以前諜報機関に所属し、失踪当時もアメリカなどの諜報関係者と接触を持っていたこと、政変が繰り返されていたタイの政府上層部や反政府指導者に知人が多かったことなどから、身代金目的の営利誘拐 から諜報活動がらみの誘拐と暗殺 、単なるジャングル での遭難から地元住民による殺害まで、さまざまな失踪理由が取りざたされたものの、現在に至るまでその行方も生死も謎のままである。松本清張 はこの事件をヒントに熱い絹 という小説を書いた。

なお、失踪から5ヵ月後の8月30日、トンプソンの姉であるキャサリン・トンプソン・ウッド(当時74歳)がペンシルベニア州 の自宅で他殺体で発見されているが、この事件の犯人は検挙されておらず、トンプソンの失踪と関連があるかどうかも不明である。

<フリー百科事典ウィキペディアより>