オリンピックも新型コロナも、ワタシが深刻に悩む範疇にありません。
でも、それらに振り回されて疲れ気味ではあります。

倉本聰の『昭和の遺言』読みました。そして思い出しました。
3~4歳のワタシは新聞を読むお爺さんの胡坐の中に、すっぽり
収まっているのです。ところどころお爺さんは、かみ砕くように
読んでくれました。

「“ビソラ ヒバリ”っていう天才の歌手が生まれたんだと…」
 しばらくしてからあれは“みそらひばり”だとわかり、お爺さんが
読み違えたのだと知りました。

それから字を読めるようになったワタシは、あれは確かに
“ビソラヒバリ”だと思ったのでした。
遺言にもならない、昭和の記憶の底の底を思い出しています。

  五輪の灯どうなるの?フッと息でも吹きかける
     んだろう!不貞た夫(つま)言う

  ソファーで蹴ってる脚は動かない
      シュートも鮮やかテレビ観戦