必死に奨学金を借りたことを肯定したい人って一般的に否定派に疎まれているような


・奨学金借りてまで大学に行った意味が大してなさそうな結果になっている人

・返済の計画や目処も立てず軽い気持ちで借りた人

・経済観念のない家で育った人


みたいないわゆる金にだらしない系の人ではないんですよね。


たいていこれぞ健全な奨学生みたいな立派な人。


だからこそ感じるのが結局のところ苦労人って必死なんだなってこと。とにかく自分の努力や成果を他人に認めてもらいたい。お金に苦労したことない人に否定されたくない。自分の選択を他人にも肯定してほしい。


そんな感じ。


なんか結局余裕がない感じがありありと伝わってきて痛い感が否めないのが残念。


よって結局必要以上の苦労はしないに越したことはないって改めて思いましたね。


苦労したからと言って必ずしも精神的に鍛えられるとは限らないこともよくわかる例。


結局余裕がないから他人にすぐに噛み付くしスルースキルがない。特にたいして苦労をしていないと感じる相手に対して厳しい。


どこか張り詰めているだけに壊れやすい側面さえ感じる。


苦労は買ってでもしろっていう言葉がありますが、わざわざ買ってする苦労としかたなくする苦労じゃ結果が全然違うんですよね、残念ながら。


私は親の力で回避させてあげられる苦労はできるだけ回避させたいです。親の力ではどうにもならない苦労や嫌なことはこれからいくらでもありますからね、残念ながら笑い泣き


私本人は苦労もしたくないし嫌な目にも遭いたくないからできるだけ隠居しますが女の子はこれからですからね!!