数日前から、ぴちこが人間だったらどんな子だろう?って考えている。

美形なのは当然なのだけど
3次元の人間で思い浮かばない。一生懸命一生懸命考えたけど
思いつかなかった。
だってこのレベルの↓美形なんて人間にいるわけないじゃん。


なんかファイナルファンタジーの主人公になれそう。
猫なんて一生冒険しているようなものだものね。

でも、名前がピチコなんて(笑
なんか違うよね。
FF6のアリア。
はじめてしたPSのゲームはFF7だったので、FF6はしていないのです。
FF5はしたかな。??
双子の兄弟が石にされちゃうのは、なんだったのかな。泣いたなあ。

FF6のアリアのところはオトートがしているのを隣で見てたような記憶がうっすらとある。
ここ数日、FF6のアリアが頭の中でクルクルしていた。

ようつべで見つけて聴いて寝たら、不思議な夢をみた。




写真もないくせに、こんな昆虫の記事を書いている。

この夏、小さなカマキリが薔薇を守ってくれていた。
鉢植えの中にずっといたのです。

その子が10センチくらいになっていて、先日卵を産んでいた。
卵を産んだらしんじゃうのかと思って、薔薇を守ってくれたお礼と
なるべく長生きして、温かいところで幸せになるようにお願いしていた。

その子が、今朝もまだいた。
まだいるのを確認すると、とっても安心する。


そして、蜘蛛である。
蜘蛛は怖いと思っていたけれど、ここ数年で意地らしい生き物だという
認識に変わった。

庭の小枝に2平方センチにも満たない巣を張って、それを揺らして餌を待つ小豆粒ほどの
蜘蛛だとか、見ていて健気だと思うし
家にいる蜘蛛は、自分で餌を捕獲できない子だった。
この夏、母が叩いて殺害した蚊とか小さなハエを食べて成長したらしい。

お風呂場の子は子供の掌サイズの立派な子だったけど
タイルによじ登れなくて、ツルツル滑って困っていた。
本当に、もう必死なのが伝わってきて応援してしまったよ。

さすがに、ムカデやゴキさんとかはゾッとして固まってしまうけれど
昆虫をみてると、みんな必死に生きているんだなって思う。
むかし、バレエをしていました。
あんまりトロかったので、人と同じ動きができるように
親が習わせたようです。

多少、所作がさまになっていたから才能があるかもと勘違いして
習わせたようなことも聞いたけれど

それからも「トロイ」と叱られ続けて育ったので、トロイ説のほうが有力でしょう。

バレエが楽しいと思ったことよりも、同じ目標をもった?同年代の
友達と会う場所と言う感じだった。

ピアノもやっていたけど、楽典はまあまあだったけどソルフェージュに
あまり力を入れる先生じゃなかった。
だからというわけではないけれど、カラオケなんて行かないし行きたくない。

極めなければ何もならない娯楽に力を入れていたのは、どうしてだろうと
考えることもあるけれど、私の人生の端々の、くだらないことに
役立っている?ような気もする今日この頃。

書道やそろばんあたりは、ほんの少しだけ学校で役立った。
ピアノは、伴奏で借り出されたときは歌わなくてよくて嬉しかった。
バレエは、あんまり役に立ってない。どちらかというとマイナス。
今ほどバレエ人口が多くなかったので、人と変わったことをしていると
いう意味で、ちょっと変わった目でみられてはいたかも。

バレエは人の目を意識して、美しい動きや形に矯正するようなトレーニングだったの
かもしれない。
本来、それらが自分の自信になる要素のあるものだろう。

でも私に必要だったのは、『誰も見ていない、誰も私の声なんて聴いてない。
誰も私なんて知らない』ということだった。
そういうことを、ずっと学習していた気がする。
これから先も、目立ちたいなんて思わない。
目立つことをするときも、なるべくアッサリ簡潔にすることが目標で
人の記憶に残らないことが成功の証。
窓から通り過ぎる風景みたいに記憶されればいいと思う。

人前で何かをすることに全く衒いがないという人々と
博覧会のアテンダントをしたときに交流があったのですが、わたしは
それとは全く違うなあと思った。
キラキラして素敵だったし、自信で満ちあふれた人たちだった。
人を押しのけてもメディアに出たい。そのためには人を蹴落とすのも厭わない。
笑顔でそういう争いがあったらしいのだけど、私は蚊帳の外だったので
会期が終わって、一緒の班だった人から聞いて後で知った。
トゲトゲした雰囲気だったときには、近寄らなくて
座ってチョコレートとかお菓子を食べていた。

でも、考えてみたら、勝手に出会い系にメルアドを登録されたのも
その中の一人の人だった。
18歳の可愛い女の子で30歳くらいの搾取用の彼氏がいるとか
言っていたっけ。
可愛い子だったのだけど、出会ったばかりだったので
「メルアド教えて」って言われたとき、普段使わない予備のアドレスを
教えたら、数日後から連日卑猥なメールと添付写真の山が届くようになった。
数百レベルで怖かったけど、大人の男って馬鹿ばっかりなんだなと思った。

そういえば思い出したけど
アテンダントから愛人を選ぶとか言っていた企業OBもいたらしい。

悪質だったので県にネット警察っていうのがあったので相談した。
身内に犯人がいるはずと言われ、考えてみたら
そのアドレスは、本当に予備の予備レベルのアドレスで、ドメインが可愛くて
ためしに取得したばかりのものだった。
よって、教えたのは18歳の可愛い彼女ひとり。

分かって以来、それを他言にはしなかったけど必要以上に関わらないように努めた。
疑うしかない自分にも絶望した。

激しく脱線したけれど。
わたしにとってピチコの歌は、「ぴっちぴっちちゃぷちゃぷランランラン」なのです。

それを、わたしはひとりで歌って踊ります。
幼稚園のお遊戯レベルです。
馬鹿らしくて楽しいです。

ひとりでテキトウに歌って踊れるのも、たぶんバレエとピアノのおかげなのかなって
思う。
こんなものにしか生かせなかったのは、笑えるけど。


たぶん習い事って、少なからず人生の役にたっている。
勉強や経験も、思わぬ場面で役に立つ。
人生って、思った以上に無茶振りが多いのだもの。

正しいことを知りたい。

私は経験値が低いので小さく丁寧に生きようと思う。
書道とは恥をかくことだと、書道連盟の会長が仰っていたけれど
もう恥は、なるべくかきたくないです。





27日はピチが逝った日でした。
一年後はどんなだろうって思ったこともあるけれど
あまり変わらない。
長くて短いあっという間でした。

でも、この感覚もどんどん薄れてしまうのかもしれない。
たぶんそれが生きているということ。

不思議なのは、思い出すと一気にピチコといた日々にワープ出来てしまうということ。
それをできるだけずっと大事にしたいです。

ぴちこが逝って一年経つ。
今日は27日。
まだこの時間は生きていた。
頑張っていた。

一年、すごく長くて短かった。
ピチコといた時間もあっという間だったから
命というものは、そういうものなのかもしれない。

いま、どの辺にいるのだろう?
悲しがると成仏できないっていうから、頑張っているけど
やはり、淋しい。



なんだかこの一年で私は体力が衰えて、ボロボロになった気がする。
頑張れなくなってしまったなあと感じます。



昨日から胸のあたりが痛いけど、呼吸は詰まることなく出来ている。
右胸、左胸の下のあたり。
息をすると痛む。
皮膚の下に尖った固いものがあって、動くとズキズキする感じ。
痛いという理由で息苦しい。
アサイチの特集みてたら、イギリスの安いティーバッグのミルクティーが飲みたくなったのです。
NHKで出てたのは、たぶんこれ。
日本では手に入らないので、帰省するときにまとめ買いみたいな感じだった。
気になるので、いつか買おう。

テトリー紅茶(tetley)ティーバッグ (80bags)/tetley

¥価格不明
Amazon.co.jp




なんか人気っぽいのはこれ。
現地は安いみたいなので、買い占めに行きたい気持ちです。





結局ガブガブのむので、お手ごろなこれ↓にしたけど
濃く出るし、なかなかいい感じ。
麦茶みたいな包装なので、開封後は密封容器に詰め替えたほうが香りが飛ばないと思う。

ずっとアールグレイを袋詰めにしてポットで飲んでたけど
こっちの方が経済的でよいと思った。


レンジから出した肉まんでやけどした。
なんかすごく痛くて、アイスノンで3時間くらい冷やしたけど痛くて
初めはペッタンコだったのに、気がついたら立派な水泡ができました。

ずっとヒリヒリ痛くて
たぶん病院に行ったほうがいいんだろうなあって思ったけど
病院嫌いなので、母がいないのを幸いに冷やして寝た。

水泡は破れていないというか、破っちゃダメなので
これをどう温存するか、水泡が大きいだけに考える。

水泡が破れたらばい菌がはいって大変らしいので、やっぱり
病院に行っておくべきだったのかな。

キズパワーパッドは、水泡が破れてから貼るもの?みたいだし
この水泡がどうなるのか観察するしかないのかも。

治るのに2週間くらいかかるみたいで、長いなあと思います。
潰さないようにしなくては。
痛そうだし。
(つд⊂)