古事記丼で腹を満たして向かった先は
松江城

信長・秀吉・家康に仕えた人で
仏の茂助
と呼ばれるくらい温和で誠実な性格だったそうです
築城した頃には隠居して、家督を継いでた息子が松江藩の初代藩主になるようですが
どこに城を建てるか調べてる期間に息子が亡くなってしまい
ここがいいんじゃないか?って相談してた所に松江城を築城させたそうです
ちなみに本来ならこの周辺には
月山富田城
というお城があったんですが、山の上で関ヶ原の戦い後の平和な時代の城下町としては
不便だったから、末次城跡に松江城を築城したそうです
ただ、完成を見ずに吉晴は亡くなったそうです
まぁ全国的にはマイナーな武将で・・・
俺もゲーム上で知ってるくらいの人物...申し訳ない
でもお城の中は貴重な資料がたっぷり
中でも今流行りの?真田丸関連が
こちらの軍扇は大坂冬の陣に参戦した
松平直政 家康の次男結城秀康の三男
が初陣にも関わらず奮戦して、その武勇を讃えて真田幸村が軍扇を投げ与えたそうです
これがなぜここにあるかっていうと
堀尾氏・京極氏と続いた松江藩を松平直政が次に治めたからです
そうそう松江城のご紹介ですが、現存する12天守のうち、国宝の一つで唯一の正統天守閣と言われているそうです 分からない言葉はググってくださいw
またこの柱が特徴なんです

つぎはぎだらけ
というと失礼なんですが・・・
よくお城に行くと・・・一般の家でもそうですが・・・
柱って各階もしくは屋根まで1本の大きい柱がドーンとありますよね
松江城はそれがないんです
この頃って徳川の築城しまくり建て替えしまくりの時期で
江戸城やら名古屋城やら姫路城やら
徳川さんが重視した城に良い材料が持ってかれちゃうんですよ
それにお金もかかるしね、なのでなるべく負担のかからないように
工夫されて建てられてるんですよ
多分全国に大小あったであろうお城もこういう造り方されていたんでしょうね・・・現存しませんが
なんて色々考えながら周ると楽しくて仕方ない
天守閣から降りて周辺を見て回ると

こちらは
興雲閣
と言われ、明治時代に明治天皇の行在所(あんざいしょ)に使用するために造られたそうですが
実際には巡幸は実現されませんでしたが、皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の山陰道行啓の時に御旅館となったそうです
城跡に洋館って不思議な光景ですね・・・
その後は城周辺を散策

城山稲荷神社
ここには大小無数の狐様が並んでます
中でも
こちらは小泉八雲お気に入りの2体だそうです
小泉八雲
名前は聞いた事あるけど・・・どんな方かは存じませんでした
詳しくはこちら
本名:パトリック・ラフカディオ・ハーン
えっ
外国の方だったの
この日は何も調べずに名前聞いた事あるから寄ってみよくらいの気持ちでした

武家屋敷


幸村の軍扇とレゴの松江城
この後、恒例のそばも食べたけど・・・
有名人のサインがいっぱい飾ってあったわりには
大したことない味だったので写真の掲載は割愛させていただきますm(__)m
・・・庶民の舌では分からないお味だったのかなぁ・・・
最後はちょっと不完全燃焼ぎみに帰路に着きました
今回の2泊3日の大冒険
内容的には充実してましたが
食的には残念でした
古事記丼は美味しかった
まだまだ神話系のゆかりの地はあるのでいつか
Revenge
したいですね・・・今度は蕎麦屋も下調べしよ











