元良(モトラ)の人生応援メッセージ & 出版の夢 応援道

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小林正観さんがご自身の著書『脱力のすすめ』や講演で繰り返し語った、長女との実話をご紹介します

正観さんが「ありがとう」の生き方にたどり着く原点になった出来事だそうです

 

小林正観 名言集・ 格言│~最大級~

運動会で「またビリ」だった娘が教えてくれたこと

小林正観さんは1948年に東京で生まれた作家です。

講演の依頼は年に約300回にのぼり、全国を回って「ありがとう」の大切さを伝え続け、2011年10月に亡くなりました。

けれども、若い頃の正観さんは、人と競い、比べ、争うことを当然だと考えて生きていました。

その価値観を根本から変えたのが、自分の娘だったといいます。

 

結婚して3年目にようやく授かった長女には、知的障害がありました。

染色体の異常によって、脳や筋肉の発達が一般の人の3分の1ほどにとどまり、努力したり頑張ったりすることが難しかったのです。

それでもこの子は、自分より弱い立場の人や、けがをした人を見かけると、すぐに駆け寄って「大丈夫?」と手を差し伸べる子どもでした。

運動会の徒競走では、小学5年生までずっとビリでした。

走るというより、速足で歩くような感じだったそうです。

 

小学6年生の運動会の朝のことです。

奥さんがいつになく楽しそうにしているので、正観さんが理由を尋ねました。

すると、今日は初めて娘がビリではない姿を見られるかもしれない、という答えが返ってきました。

同級生の女の子が運動会の1週間前に捻挫をして、足に包帯を巻いていました。

それでもその子が「どうしても走りたい」と言うので、先生は最終組で長女と一緒に走らせることにしたのです。

奥さんは笑顔で、娘と手をつないで出かけていきました。

 

夕方、奥さんはニコニコしながら帰ってきました。

結果を聞くと、満面の笑みで「それがまたビリだったのよね」。

レースの様子はこうでした。

ほかの子たちがはるか先を走るなか、長女は後ろの子を気にして、何度も振り返りながら走っていました。

すると、捻挫をしていた子が転んでしまいます。

長女は「大丈夫?」と声をかけてコースを逆走し、その子を助け起こしました。

そして肩を支えながら、二人で一緒に歩き出したのです。

 

ゴールの手前で、係の子どもたちがゴールテープを張り直してくれました。

約2,500人の保護者が立ち上がり、拍手で二人を応援したといいます。

長女は最後の最後に、支えていた友だちの肩をポンと押し、その子を先にゴールさせました。

だから、また自分がビリになったのです。

 

奥さんが「そういう子だもんねぇ」と笑って話すのを、正観さんは最初、苦笑いしながら聞いていました。

しかし、その顔はだんだん真顔になっていきます。

正観さんは父親から、努力しない人間はダメだと何十万回も言われて育っていました。

娘の生き方は、その教えとはまったく逆のものでした。

人生観を根底から揺さぶられた正観さんは、1週間考え続けます。

そして出した結論は、「娘の生き方のほうが正しい」というものでした。

 

長女は、正観さんが帰宅すると、眠い目をこすりながら玄関まで出てきて「お帰り」と迎えてくれる子でした。

ただそこにいて笑っているだけで、周りの人を温かく、幸せな気持ちにしてくれる存在だったのです。

 

小学校の卒業時には、校長先生がこんな言葉を寄せてくれました。

笑顔と「ありがとう」という言葉は学校で最高のものだった、これほど笑顔と「ありがとう」が似合う子はいなかった、と。

 

正観さんは、この子が生まれてこなければ、自分は競争の価値観のまま生きていただろうと振り返っています。

人間の価値は頑張ることや勝つことではなく、笑顔で周りを温かくすることにある。

娘はそれを教えに来てくれたのだと。

後に正観さんが語り続けた「ありがとう」の教えの原点には、娘への深い「ありがとう」があったのです。

 


※正観さんご本人が著書で語ったエピソードの要約文をシェアさせていただきました

 

 

いつも ありがとうございます

 

 

 

 

 

【🍀1日4回ありがとうプロジェクト】

🌞 おはよう、ありがとう 

🍚 いただきます、ありがとう 

🙏 ごちそうさま、ありがとう 

🌙 おやすみ、ありがとう

 

未来に繋がる「ありがとう」をみんなで育んで行けたらいいなと思い、このプロジェクトを立ち上げました🍀