十年間…






それは俺と父親とが言葉を交わしていない年月だ。





「時の重み」という言葉があるが、俺にとって、それを感じ始める時間というのはだいたい五年を超えたあたりからである。






だから親父との会話の無い十年という年月は、形の上では家族として日々何食わぬ顔で生活する俺の肩に、いつも幽霊の如くへばりついているのだ。






へばりついていると言っても、俺がそれを普段意識することはない。





心臓に生ぬるい風を吹き付けられているような、居心地の悪い感覚を、時たま感じるくらいである。










二十二歳。大学三年。









「もう大人なんだなあ」





あえて呟いてみることで、自分を錯覚させることが出来やしないかと試してみることが最近多くなった。













分かってる。











俺みたいに、社会の中で他人との関わりを持とうともせず、頭の中で偉そうなことばかり考え、毎日を惰性で生きている奴に…





そんな奴に世間は厳しく、いや、厳しいと言うよりはハナから関心などなく、何も与えてくれやしないことは分かってる。分かってるけど‥‥










(けど何だ?)







(浮かぶのは‥‥言い訳?)







(もうたくさんだ!)














「親父と話そう」





俺がそう思ったのは、時期的な、将来的な理由なんかじゃない。





別に「そうしなきゃ」と思った訳でもない。





ただ、親父がちょっとでも喜んでくれればいいかな。そう思ったからだ。
















俺は仕事から帰り夕食を済ませ、自室で就寝の準備をしているはずの親父の元へ向かった。






親父の部屋の扉の前に立つ。




緊張はない。




首の下あたりがむず痒い様な、不思議な感覚だ。







ああ、なんて話そう。





「今週の土曜、二人で飲みにいかないか?」




それだけ言って、あとはそん時までに決めればいいや。





うん、こういうのは難しく考えるほど良くないんだ。





親父、喜んでくれるかな。まさか涙流したりして。











…コンコン






軽く二回ノックをした。











…反応はない。




おかしいな、いるはずなのに…







俺が耳を澄ませると、規則的なリズムの、乾いた機械音が部屋の中から微かに漏れてきた。




何だ…いるじゃないか。



音楽でも聞いているんだろう。







「親父、入るぞ」






少し大きめに声を出してノブに手を掛けた時、紛れもなく俺は緊張していた。














ガチャ















ゆっくりと扉が開く。



















!!!!!!!!!??













その瞬間、俺は自分の眼を、二十二年間信用し続けて来たこの眼を、初めて疑った。


























そこには真っ赤な網目状の、ワンピースタイプのランジェリーを身に纏った親父が、俗に言う『まんぐり返し』の体勢で、こちらを一点に睨み付けていた。









ランジェリーの巧いこと丸く切り取られた肛門部には、磨き上げられた鋼の様に黒光りする極太のアナルバイブが轟音を立てながら高速回転している。









そのアナルバイブは今まさに、毎秒1ミリメートルのスピードで親父のケツをえぐり込み、大腸の奥深くに侵入しようとしているさなかである。









そんな状況の中、親父は顔色一つ変えずこちらを睨み続けているのである。










「ハハハハハ!卓よ!よく来たな!こうして話すのは10年振りだな、父さんは嬉しいぞ!」





険しい表情のまま親父が怒鳴り声をあげる。









親父が耳にしているヘッドフォンからは、森山直太朗の『生きてることが辛いなら』が漏れている。









時とは残酷なものである。俺が頑として喋ろうとしなかった10年間が親父をこうさせてしまったのだ。









「ガハハッ!見ろっ!このアナルバイブ、オニキスでできているんだぞう?父さんが今までの給料を全部使って買ったんだぞう?グリップはアメジストで出来いるんだぞう?ガハハッ!ガハハッ!」













このことは忘れよう。そして来年から俺は家族と離れて一人暮らしを始める。ただそれだけのこと。





そう、ただそれだけのこと。それでいい。





俺は踵を返し、部屋を後にしようとした。










「まっ、待ってよう!行かないでよう」









「………」









「いっ行かないでくれ!こっ、これは違うんだ、ほんとは黒のランジェリーの予定だったんだけど、ほらっ、色違いしかなくてさ、仕方なくこの赤い……許しくれ!ほらっ、おしるこをあげるからさ!どうだ?好きだろう?おしるこ!」









このような体勢で、稚児のようにみっともない懇願をしているのに、親父の表情は何一つ変わらずこちらを一点に睨み付けている。









「わかった!正直に言う!頼みがあるんだ!!」









「‥‥何だ」




初めて俺は言葉を発した。














「…バイブが、バイブが止まらないんだ!!」












!!!!!!!!














なんだと!!!!!!!












バイブが‥‥止まらない!!!?










それはまずい!!!!!









俺はこの先、就活を控えている身だ。









もし面接官にお父さんは何をしている人か聞かれて、





「はい。部屋でアナルバイブが停止するのを待っています」





と答えた暁には、一次面接はギリ通過できるとしても、二次のグループディスカッションで落とされるに決まっている!!!!!!!













「それでっ…親父、止める方法はあるのかよっ!?」







俺らは一瞬にして、10年ぶりの協力体制をとった。











「ふむ…無いことも無い…ただ、お前みたいな青二才にそれができるかどうかが問題じゃがな…フォッフォッフォッ」









「なんだよっ!何でもやるよ!言ってくれ!!」









「良い心がけじゃ‥‥ワシの同僚に横田と言う奴がおるじゃろう?」









急に仙人みたいな喋り方をし出した親父に対する殺意を、俺は胸のうちに押さえ込んだ。










俺がまだ小さい頃に一度だけ会ったことのある、親父の同僚の恰幅の良い男性の姿をぼんやり思い浮かべた。







「そいつがどうしたんだ!?」








「横田がワシのアナルバイブのリモコンを持っているんじゃ!つまりワシのオルガズムはすべて横田の手の平の中ということじゃ!!」














「オルガズム横田じゃ!!!!」











「オルガズム…横田…」










(オルガズムを感じるのはお前で、オルガズムはお前を形容する言葉だから、それを横田に付けたら意味が違ってきちゃうじゃないかい!!)













親しい友人に対してだったら、俺はすぐさまこう的確にツッコむはずだ。





しかし十年間の溝は俺にそうさせなかった。







「それで、横田はどこにいるんだ!?」








「ワシの通勤用カバンに、もしもの時のために横田の家までの地図が入っている!」







俺は親父の通勤カバンの中を漁った。







くっ…ゴチャゴチャし過ぎだ!色んなもんが出てくる!









無添加ローション、ピザッツ、ほっしゃんのDVD、おしるこ、日本刀、ワンちゃん…どれも違う!!









あった!地図だ!









「気をつけるんじゃぞ!横田は…」





親父が言い終わる前に俺は既に部屋を飛び出していた。
















横田の家は意外にも俺の家の向かいだった。






二十数年気づかない俺にも何か問題があるな…






そんなことはいい!親父のバイブを止めさせないと!!







ピンポーン











俺がインターフォンを押すと、俺の記憶の中にいた恰幅のいい男性そのものが、「あっ、どうも」と軽く会釈をしながら出てきた。









「親父さんのアナルバイブのことですね?」








!!!!!!










なんと話が早い!!!






横田は俺が言葉を発する前にこちらの意図を汲み取った。






「そうです!リモコンを貸してください!」





「クックック…カッカッカ……」





「何がおかしいっ!?」





「リモコンが欲しくばこの私を、倒してみせるんだな!!」







バサバサバサーッ!







!!!!!!!?







くっ!!







横田が着ていたセーラー服を脱ぎ捨てた刹那、彼の左手がシュルシュルッ!!と伸び、一直線に俺に向かってきて、俺の右頬に傷を付けた。





俺は右手で血を拭った。





彼の左手の肘から先は、よくエロゲーで見かけるような触手になっている。






「そうさ!俺は触手系のエロゲが好きで好きでたまらなく、ついには医者サマに6億2000万払ってこの体にしてもらったのさ!!これを自分のアナルにいれるとまさに夢心地!!」







…なるほど。漫画のキャラクター『コブラ』さながらだな。







「だがな…俺は金にモノを言わせる奴とデブは大ッ嫌いなんだよ!!!」






俺は横田に飛び掛った。





勿論勝算なんて無い。





ただこうしてる間にも親父のけつの穴に着々とバイブがえぐり込まれて行ってる。そのことだけが耐えられなかった。







「ハッハッ!ちょろいちょろい!」





触手が自由自在に動き、俺の臀部に向かってくる。






俺はなす術なく、体内に横田の触手の侵入を許していた。








!!!!!?








…気持ちいい!






俺は身動きがとれず、自分が気持ちよさのあまり勃起してしまっているという事実を、意外にも冷静に、恥じることなく受け止めていた。









もうだめだ…意識が…







横田は勃起していることは勿論、悦に浸っているあまり失禁していた。








俺は薄れ行く意識の中で最後の力を振り絞り横田のイチモツに手を伸ばした…











……………













……………親父………

































気づくと俺は白く柔らかいシーツの中にいた。








心地よい朝日が目に刺さる。








まさに俺のために設計されたのではないかと思えるほど、体にしっくりくるベットのスプリング
を全身で感じていた。








左を向くと横田が俺に腕枕をしながらスヤスヤと寝息を立てている。







(横田…)





(お前、一晩中……腕が痺れたろうに…)







俺は横田の額に小さく一回キスをした。














翌日、俺達は同性婚が認められているオランダへ飛び、そのまま籍を入れた。













「気をつけるんじゃぞ!横田は…」



















―お前のことを心から愛している―


















親父のバイブはまだ回転を続けている。





第二章 ―Cold Rain in Amsterdam― に続く。
タモリには、良いところもあるし、悪いところもある。