テレビを見ていると | みちのブログ

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最近のテレビ番組って、なんかつまらないと感じることが多く



娘とテレビを見てても『つまんな~い』って

早々に消して別のことをしてたり好きな曲をかけてみたり・・・



それでもたまに『おぉ~』と思う番組もある。

おぉ~と言うのは最初から最後まで素晴らしいというわけではないが

こういうものが世の中にあるのか、こういう人がこういう風に生きてるんだ

とか、そういうことを知らせてくれるものとして、ということ。


情熱大陸なんかは結構好のんで見たりする。


その情熱大陸をずいぶん前だけど見た時に

確か、1年の3分の2をアラスカで過ごすオーロラ写真家という方が出ていた。


もーね、日本人のこの便利な生活に慣れて当たり前だと思ってる人

(うちの娘なんかそうだろうなぁ~)なんかは彼のアラスカでの生活状況に置かれたら

すぐに逃げ出したくなるだろうな~って、思ったり・・・


まぁ、確固たる信念があるからできるんだろうけどね。


この方の撮った写真をネットで検索してみたら

すごくきれい(うっとりする)

そして彼の撮りたいという構図があって、死ぬまでに撮りたいという。

(これはかなり希少な自然条件がそろわないと無理らしい)

彼には奥さんもいてて、日本にいてる時はラブラブ~

人間として魅力的。


きれいな写真とかね、他にもたくさんあると思うし

この人だけがどうとかいうつもりはないけど、


実際、写真を撮ってるその人の大変さ、というものは

テレビを見てるだけじゃわからないと思う。

そういうものがあっての作品、というのはとても感慨深いと思う。


昨日も本屋さんで世界の絶景、美しい景色、ビーチ、なんていう本をみつけたけど

うん、確かに一度は行けたらいいだろうなぁ、と思う

思うけど、多分、写真を見て単純にきれいなだけじゃないんだろうなぁ~

とか思う。(悲観するわけじゃないけど)


野の花の写真やサバンナにいる動物と大きな夕日

なんて地球って素晴らしいんだろう!とか思うけど

全て一瞬じゃないし、ずっと物語は続いてるわけで

その一瞬を切り取っただけの(このベストショットを切り取るのもすごいとは思うけど)

それだけで大事なとこを忘れちゃいけないんじゃないか?

きっと不快だと思うことも、残念なことも、酷いことも含めての『それ』

なんだろうし。


花屋の友達が

『みんな、お花がきれいって買っていくけど、ちゃんと枯れていくとこまで可愛がってほしい』

って言ったのをすごく覚えていて、

まぁ、彼女がどういうつもりで言ったのか、私が正確に理解したかどうかわからないけど

確かになぁ、と思ったり。

結構、人ってそういう意味では傲慢なのかも。

TPOもあるけど、最後まで枯れて散っていくとこまでを見守るというか

可愛がるとういうか、そういうのも大切なのかも。

ちょっと感傷的な考え方なのかもしれないけど。


ね、だからこの広い世界の中でたった一人選んだ相手は

年とってよぼよぼになっても最後まで愛を持って接することが大事なんじゃない?

(おっと、ここにオチをもっていくか・・・ってか誰に向かって言ってるのか)


いやぁ、大事にしすぎるあまり捨てるものを捨てずにためてしまうのも考え物ですけど

(私のことだ)

捨てることも、愛ということでしょうかね?

みんなが思ってるより愛というのは甘くてキラキラして・・・なんてことはないのかも。

(自分にとって都合のいい解釈をしやすいってことなのかな)

何が愛なんて、実のところ瞬時に判断できる人なんてそうそういないと思うし。

だから案外みんな勘違いや思い込みで一喜一憂してるのかも。


というお話でした。

(タイトルから話が流れ流れてここに辿りついちゃった)


思いつくまま書いてしまいました。あしからず。