himitu-132さんのブログ

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日常の発見やら、愚痴だったり不安をただただ吐き出してるブログです。オタクなんで、そういう話が苦手な方は注意してくださいな。

 

 

 

 

どうも、まだ本調子には少し遠い私です。

 

前月から見知らぬおっさんとのトラブル(VS警察も追加)、電車で遭遇するぶつかりキチ女(VS鉄道も追加)、

前月末から始まった相続トラブル(VS愚兄&VS伯父)…etc。

正直、色々なことが重なれば重なるほどにイライラが連鎖してメンタル的に良くない状況だった。

去年の9月に被害届出したトラブルの犯人を見つけたりもあって、トラブルになった奴ら全員を物理的に痛めつけてやろうってよくない思考の沼にどっぷりはまってしまいまして…。

 

ブログを読んでくれてる人はご存じだろうけど、家庭環境が良くなかったので性善説とか微塵も信じちゃいないし

法が機能してないなら私刑の方がスッキリしていいじゃん。だって警察は捕まえる気ないんだしって、日に日にそういう気持ちがぶわっと湧いて出てきて、警察なら監察室に鉄道なら上の会社に苦情出さなきゃ気が済まない、むしろ襲われてしまえばいいって憎らしい気持ちがぐるぐる自分の中で渦巻き続けてた。

そんなんだからか気力の9割が憎悪に使われるせいで、ずっと精神的体力的に消耗してしまって

2週間くらいずっと栄養ドリンクとか回復できるものを探し続けて摂取してました。

 

そんな中、何の気なしにこのブログをいくつか読み直していると

まるで聖人とばかりに尊敬していた祖父からも傷つくことを言われていたことを思い出した。

人間、不思議なものでしんどいことや辛いことが積み重なっていくと過去のことを美化しやすくなるとはよく言うもので。

過去の自分が書いたブログを読んだ後、ぶわっとブログのその後が頭の中を駆け巡った。

祖父から傷つく言葉を投げられた後、コロナ禍が始まり祖父は認知症が進み、ソーシャルディスタンスということで自宅に帰れることはなく、家族とも短い時間しか会えず半ばホームに閉じ込められる状況の末に亡くなった。

頬はコケて肌はぱりぱりに干からびていた。

老衰といえど、安らかな死に顔とは違うなぁと危篤の知らせを受けて仕事を早退させてもらった私は感じた。

 

その後の葬儀で、祖父の一生を垣間見たせいもあって祖父を聖人のように感じてしまったんだと思う。

ようはイメージの上書きだ。

 

そのことに気付くと、他のことにも気が向いていくもので。

母親は糖質の末、数日間眠り続けて脳卒中で死んだ。

実父は生活保護も打ち切られ、国民保険も保険料を支払えず病気にもかかわらず病院に行くことも叶わず

亡くなって数週間誰にも見つけてもらえず腐って見つかった。

愚兄は散々DVなどで痛めつけてきたが、産んだ子供は障害児ばかりで本人もコロナでリストラ。

長男をヤングケアラーにして地獄の再生産の家庭を築いている。

口出しの多い親戚はがんを患っているが胡散臭い宗教に心酔し、そのせいで旦那には愛想を尽かされ鬱憤を祖母や伯父にぶつけるから余計に人が離れて行っている。

散々モラハラをかましてきた上司は自分が起こしたポカのせいで北の大地に左遷され、同じように馬鹿にして見下してきた先輩も同じように飛ばされていった。

 

私が何かしなくても、因果応報なのかただの偶然か、なるようになっていく人たちばかりだった。

そこまで行く着くと、ようやくスイッチが切れた様に怒りの暴走が落ち着いてきた。

 

あと、リラックス目的にリンツのギフトチョコを買ってみたら結構美味しくて

精神的にも復活が早くなってきた。

 

過去の自分が辛かったことを吐き出してくれたおかげで、今の私が早まらずに済んでいる。

愚直に自分の足で立って、進んでいこうと思う。

たぶん私もまともな死に方はしないだろうけど、死後のリザルトで最低ランクにならんようには頑張りたい。

 

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※要するに、ただの愚痴です。

 

人は育ってきた家庭環境により、性格や資質が変わってくると様々なところで見聞きしたことがある。

初めに話題としてあげられたのは【親ガチャ】だったと思う。

親の教育や躾と称した体罰、干渉、贔屓、貧富の差など。苦労した要素について挙げられるのは様々だ。

 

そしてある程度、親ガチャという単語が世間に浸透すると今度は【子ガチャ】という単語まで現れだした。

 

自分が子供のころに苦労したからわが子には同じ思いはさせまい、そう思って身を粉にして働き稼ぎ家庭を守ってきたのに

肝心の子は我儘だったり不登校だったり非行に走ったり、親は真面目に生きてきたのに子が犯罪を犯したりで苦労させられる、こんなはずではなかったのに。親の苦労も知らず、自ら努力することも放棄してすべて親のせいにしやがって…!など親ガチャという言葉に対してそういった内容の恨み言を投げるスレを見ることもあった。

 

私としては自分の育ってきた家庭環境を考えると、親ガチャというものにしっくり来てしまう。見事失敗大ハズレだ。

もちろん、そういう自分は子ガチャ成功なのか?と問われれば、それは失敗だと言えるだろう。

というのか、親ガチャが外れた子で品行方正清く正しく真っすぐに生きてる人なんてそれこそSSRレベルの確率だろう。

 

子は子なりに、親は親なりの苦労があるのだろう。

当事者の苦労というものは、当事者になってみないと分からない。分かったつもりでも後々になって考えが変わるかもしれない。

 

さて、本題。

 

私は親ガチャというものはあると考えてるし、大ハズレである認識だ。

とはいえ、幼い頃から金銭面や生活面で苦労しているだけで、親の指示で幼い身で性行為を強いられたりそういった犯罪行為で金を稼ぐ他ないという身ではなかっただけまだマシだったと思う。

とはいえ、命としては幾度となく一家心中に巻き込まれたので大ハズレという認識からズレることはない。

 

一般的な親ガチャ子ガチャというものは、個人的には本人が大人になって抱えるジレンマをなにかのせいにしたいだけのように思っていた。

私の場合は借金だ。高校から専門学校までの間に借りた奨学金の返済がまだ20年近くかかる。

借りたのは家にお金がなく、奨学金頼みでの進学しか道がないという親の言葉に従い納得して自分で借りたものだ。

中卒で働くのは現実的でないが、高卒で働くのはまだ一般的な方だった。けれど、リーマンショックによる就職氷河期もあり、急いで就活したところで大卒ですら就活に苦労するという状況であると連日ニュース番組で報道されていただけに、将来を不安視した母親から専門学校に行けと言われ、私もそう選択した。

とはいえ、専門学校は就職で役立つ資格が取れる商業系などでなく、偏差値がボロボロでまともに進学できないと言われていた兄が通っていた学校だ。この時の私は、専門学校に通えばおのずとその道に進めると漠然と信じていた。

だが、世間はそう甘くなく専門性の高い学問だけにうっすらとした関心興味しかなかった私はただ真面目に授業を受けるだけで、その分野で何かをしたいと自主的に行動を起こそうとは思えなかった。

うっすらとしたものは、最後までうっすらとしたまま終わった。4年間の学費、約4桁万円はただの負債となった。

親の言われるがままに学校を選び、親に乞われるがままに奨学金を満額借りて、バイトして給料すら家庭に入れた。

 

結果、残ったのは奨学金という莫大な借金のみだ。

 

親が死に、一家離散状態になってから奨学金が振り込まれる口座の主導権が返ってきた。既に専門学生3年だった。そこで自分で学費を奨学金から払う立場になってようやくおかしいことに気が付いた。

学費として振り込まれる奨学金と、実際に払う必要のある学費に大きな差額があったからだ。細かくは覚えていないけれど、上期下期の支払いで20万程、それに対して毎月12万ずつほど振り込まれるようになっていた。

 

奨学金の申し込み当初、家のお金の内訳は親に秘匿にされ聞いても聞いても誤魔化されるばかりで、ちゃんと問いただそうにも鬱病を都合よく発症させうやむやにされてきた。そのため、「どうしてもその金額でないと学費が払えない」と泣かれ、追及を諦めて

言われるがままに借りれる上限額いっぱいで借りたのだ。

 

私も、高校に入ってから将来について行きたい専門の分野があったので学校でどれぐらいの学費が必要か何度も自分なりに調べたけれど、結局のところ自分の家が学費としていくら出せるのかが分からなかったのでどう検討をつければいいのか分からなかった。

とまぁ、言い訳にしかならないが当時はまさか家から一銭も学費に出せない状況だなんて全く思わなかったのだ。

私はバイトで月に8万程稼ぎ、半分を家に入れ、母親の内縁の夫である寄生虫もアルバイトで働いていて、生活保護すら受けていた状況だったからだ。

 

いまでも思う。もう少しはよ気づけ私よ。ギャンブル狂いの親2匹がまともに金を貯めるわけねーだろ、ただでさえ風水だのあやしげな霊感商法もどきに大金出してんだぞ。目を覚ませ。

 

これが親ガチャというものを信じる要因となったことだ。

 

 

そして、まさかのまさか。30代にもなってさらに親ガチャ大ハズレの要素が追加で降ってくるとは思わなんだ。

ことの始まりは警察からの電話だった。実父が亡くなったという。

うちは母子家庭で、離婚理由はこの実父からのDVによるもので、30年ほど前に離婚してから一切交流はない。

なお、養育費についても最初の1か月しか支払われなかったらしいw。

 

で、警察がいうには相続の問題が発生したから、あとは相続人のみなさんでお話し合いを、と。

なんでも実父の兄妹を名乗る人が連絡を欲しているから、連絡してあげてほしいとのことだ。しかし、年のせいもあってスムーズに会話が出来ず同じ話を何度も繰り返して、さらに家族のフォローがあってようやく話を飲み込める状態の人だという。どうしたって連絡したくないタイプの人だ。

更に日中は仕事で忙しいから電話されても出れないから、気づいたら折り返すから何度も掛けてくれという。

 

似た系統で面倒くさい人が身内にいるので、そういうタイプは時間をしっかりとって対応できる状態でないと対応したくない私は次の休みの日に連絡を取ろうとしていた。それに相続に関しては警察から話を聞く限り、借金しか残ってないようなので相続放棄は即決だった。警察にもその旨を伝えると、あちらさんに警察の方から連絡してくれるというのでお願いすることにした。

 

だが、しかし。警察の連絡から僅か3日後、母方のお節介な親戚から怒涛の連絡がきた。要は上記の人、いわゆる父方の伯父に当たる人が私の連絡が遅いと立腹しているらしい。知らんがな。

相続するか、しないかの判断は留保期間といって死亡の連絡から3か月以内とされているらしい、詳しくはググっとほしい。

なので、遅いと言われる筋合いもなければ、警察からの連絡の後にすぐに弁護士を見つけて依頼していたので、遅いどころかなんなら対応中だった。

で、腹を立てた更年期オヤジは連絡のついた私の愚兄に連絡して、どうなっているんだと責め立てたらしい。知らんがな(2回目)。

 

今回の死亡に関しては私たちは30年余り接触はなく、なんならこの伯父側が最後に接触していた方だ。

それで手続きの関係があるから急げ、早くしろと急かされる筋合いはない。むしろ、協力してほしいと頭を下げられる側の立場だ。

いやしかし、DVした挙句に養育費を踏み倒した血縁者だけはある。連日のように文句を言い続けて参った愚兄が母方の親戚に泣きつき、私に取り次いでほしいと言ってらしい。知るか。

そして、理解力に乏しい更年期オヤジは世界の中心は自分だと言わんばかりにろくに交流もなかった甥(愚兄)にギャーギャー文句を言って、その勢いに飲まれたのか知らんがパニックになって親戚に愚兄がぎゃいぎゃい泣きつき、パニックが伝播したのか仕事中だって散々言った私に鬼のような着信を残し、「仕事が忙しいのもわかるがこういう時は仕事なんて置いといて…」、「お兄ちゃんが対応に当たってくれてるし、こういう場を作ってしまったのは貴女なんだからお詫びとかお礼ぐらい言いなさいよ」とこちらの立場をガン無視で好き放題言ってきたので、まぁーーーーー、頭に来たね。

 

連絡しろ、連絡しろと喧しく催促してくるもんで、12時間勤務の合間に上司に謝って少しの時間だけ抜けさせてもらい、警察から聞いた伯父の情報や仕事中のこと、既に弁護士に丸投げしてることを普段被ってる猫を下ろして、一気に親戚にまくし立てて怒鳴りつけた。すると途端に親戚は「自分が繋いでやってるのに…」、「自分に言われても…、自分のせいじゃないし」と泣き言を言ってくる始末。自分のせいじゃないっていうなら、自分が首突っ込む範疇くらい責任持てや。出来ねぇなら黙ってろ。

 

で、どうしても伯父に連絡してほしいというので、残り時間がわずかな状態で伯父に連絡を取るも何故か伯父の現地にいるらしい愚兄に代わるから話をしてくれという。意味不。

こっちは愚兄とは絶縁してるので、再三「仲が悪い、折り合いが悪いから申し訳ないが話したくもないし、勘弁してほしい。私は相続放棄するし、もう弁護士に手続きは一任しているから私は何もできない」と何度も伝えたのに、更年期オヤジは「お兄さんと話してください」の一点張りで強制的にそのまま愚兄と通話。

結果、残り3分しかない状態で開口一番にこちらを馬鹿にしてくる愚兄。他人の携帯借りてる状況なの分かってねぇ…。

で、仕事中で時間がないからさっさと要件を言えと言っても無言のままなので、我慢の限界がきて罵詈雑言捲し立てて強制ブッチ。

その後、再度こちらから伯父へ電話すると先ほどの会話が聞こえてたんだろうね、弁護士から連絡をするってことを伝えると、おどおどした感じで了承した。マジで時間の無駄だった。

 

で、走って持ち場に戻り仕事をしていると、また母方の親戚から鬼電話。

伯父がブチ切れてるから早く弁護士から連絡させてほしいと。あほか。

その日は世間様は連休。私は仕事。弁護士は世間と同じく休みである。それを伝えていい加減にしろゴルァ!をかますと、「冷静になって、言葉はよく考えて」と返ってきたので「私、悪くないし仕事中だって散々言ったのに先に私のせいだって言ったのそっちだよね?」「その言葉をそっくり返すわ」と返せば「もうやめてほしい」と白旗宣言。

もうやめてはこっちのセリフなんだよなぁああああああ。

 

で、連休明けに弁護士経由で愚兄に連絡したからか、私が電話でブチ切れたからか愚兄と親戚ともども連絡は途絶えた。

が、しかし更年期オヤジの伯父は理解力が乏しくていけない。1週間たらずでこちらに直接連絡してきた。手続きを急げと。深夜の1時に。

 

先述の通り、相続するかしないかの決定する留保期間は3か月。死亡した日をスタートとしてもおおよそ締め切りは1月。

まだ2か月もある上に、現在手続き中だって幾度となく言ってるのに何度言えばわかるのか。

しかも、弁護士曰く、この更年期オヤジ留保期間を勘違いしているらしく相続人全員の留保期間が同一期間での3か月だと思い込んでいるらしい(※正しくは第一位相続人が放棄を決定した後、3か月以内に第二位相続人が放棄するかどうか決め、その後第三位の人が3か月以内に放棄するかどうかを決めるらしい)

で、さらに私は親戚からの鬼電話の時には弁護士に「死後の連絡1週間以内に手続きをしないと失効してしまうなにかがあるのか?」と確認したところ「そんなものは聞いたことがない」と返答を貰った。

これは別の相続問題が起きた時に指揮を執ってくれた母方の伯父にも確認したが同じく「そんな急がなきゃいけないものなんかなかった」と。

 

つまるところ、単なる父方の伯父の暴走である。さすが更年期。人様に迷惑をかけることだけは天下一品の家系だな。

 

 

とまぁ、こんな感じのことが最近起きただけにストレスマッハですよ。マジでこの両親から生まれてなかったらどれだけ幸せだったのだろうと考えてならん。

しかも、この家に生まれてよかったと思えるのは祖父母と従妹くらいで、マジで親ガチャってあるなと改めて痛感したわ。

 

どうも、お久しぶりです私です。

※今回は人を選ぶ内容の話ですんで、不穏な空気を感じたらブラウザバック推奨です。

 

最近、ようやく大きな試験の一次を突破できました。

引っ越しの可能性が出てきたので、じわじわ引っ越し準備してます。

(とはいえ、今の家に引っ越してから箱はそのまま)

 

さて、本題。

30代前半まで生きてきてはいるけれど、そのステージの関係か最近障害と子育てについてやそれに関連する話題を目にすることが増えてきた。

 

先に結論を書くならば、障害が少しでも遺伝する可能性があるならば私は私で障害を食い止める気概で子を作る選択はない。

他人は所詮他人なのでどういう選択をしようが強制はできないけれど、まるで我が母のように自分の人生だけを考えて他人との足並みを合わせる為だけに、自分で生活すらままならないのに子を障害に巻き込んで子の生涯を何も考えていないような人たちのことを見聞きすることも多くて、正直なところそういう人達には嫌悪感しか湧かない。

 

というのも、私は生まれつきの病気で、生育障害というのか簡単に言うなら成長不足で

『小人症』という病名の診断が下って育ちました。

 

小学生時代は治療をすれば人並みの身長になれるから治療を頑張ろうねと、主治医に言われてきましたが毎日毎日ホルモン注射をして季節ごとに定期的に健診に行って、日々成長痛で苦しんで学校の授業にも痛みで集中できずに体育すら見学することが多く、何の効果も実感できず注射をサボりがちになった。

既に私より先に治療を始めていた兄の身長が伸びる気配もなく、身近なサンプルがそうであるなら私もこの治療に意味がないのではと感じたからだ。

 

小学生の頃、健診時に親が不安そうに主治医にこの病気は遺伝するのか?と尋ねた。

「いまのところ遺伝するかは分からない」、小人症に関する第一人者と言われる主治医はそう返したことを今でも覚えている。

 

あくまで主観の話だが、私は私なりに考えたことがある。

病気の因子というよりも血筋による遺伝の可能性だ。

 

うちは母子家庭で父方の親族のことはよく覚えていない。

なので母方の親族で考えた。

祖父は世代や年齢の関係もあって身長が低く、150cm前後だったように思える。

祖母は昔は背が高い記憶があった。

母は三姉妹の末っ子で、三人の中で飛びぬけて背が低かった。

けれど姉二人は祖母の様に身長が高かった。おそらく160cm以上はあったと思う。

そして、母の子は合計5人?くらい、最初の一人か二人が死産や生育不良で亡くなり、私たちの下が中絶で亡くなったという風に聞いている。

 

つまり、二分の一で悪い因子(背が低い)が、次世代で三分の一に移り、貧乏くじを引いた母が生む子は軒並み生育不良。

 

上記のことを小学生の頭で考え出した頃には『あ、自分が産んだら同じような因子を持つ子になる可能性が高いぞ』、データとしては何の確証もないがサンプルとしては身近に親族という生き証人がいる。亡くなった兄弟たちだって証拠の一つだ。そう弾きだしていた。

 

この時点で一般的な女として子を成すことは出来ないのだと少し落ち込んだ。

もちろん、周りは【気にし過ぎ、そんなことはない、産んでみないと分からない】と耳障りの良いことを言ってきたが、ただのたらればで人一人の人生を容易く賭けに使う事なんて到底考えられなかった。

 

幼い頃から誰よりも小さく馬鹿にされ、見下され嫌がらせもされた。

アルバイトでは「ごめんなさいね、店長はあなたみたいな人はあまり好きじゃないの。勘違いしないでね、車いすとかの人にもそうだから」と暗に一般的な枠組みから外れた容姿について言及されたり、顔も知らない人に指を指されて馬鹿にされることも多く、いまでも見知らぬ馬鹿ガキ客に「なんで小さいの?w」とバカにされることすらある。

女であるからか、道のすれ違いざまに知らないDQNにいきなり大声を掛けられて驚かされたり、コンビニに行こうと歩いていたら帰りしなに突然背後から暴漢に襲われたことすらあった。

 

この体の不便なところは五体満足な癖して、人並みよりも大幅に体積が小さいから体格では同性にすら勝てずに馬鹿にされ、見下される。

力仕事をしても人並みを基準に出されて「お前は他の奴でも容易くできることに時間を掛けるw」と筋肉の差すら無視して見下され、当然、電車の網棚など背の高いところのスペースなど手は届かず未だに仕えずじまいだ。

 

女としても、好意を抱かれることは少なく、抱かれたとしてもロリコン趣味のような如何にも不審者という奴から位である。(もちろん、ここは私の気質が大いに関係しているので他の似た身長の女性が普通にパートナーがいる)

 

個人的には生活においても不便不都合なことばかりだが、この病気の厄介なところはそこではない。

上記の一部にも触れたが周りの理解が得られないことだ。

 

人より小さい、つまり力にしろ身長にしろ体重にしろ平均に届かない。

だから高いところは無理にでも足場を作り、まるでボルダリングの様に身体を張って手を無理やり届かせたりしなきゃいけない。いまでも身長が足りない場所の物の移動を無理に身体を使って行うから何度も足をぶつけて痣が沢山できたりする。労災として申請したことはない。

 

平均的な身長の人で無理なく使用できる設計のものを平均値以下の私たちが無理に合わせているということが世間に理解されない事が心底腹立たしい。

もちろん、人によっては気遣ってくれる人もいるから全ての人がそうではないということは分かっている。

 

そして、この【理解されない】というところについて一番腹立つのが、フィクションの世界では私たち小人症の人間は大抵悪者にされることだ。

 

洋画だと特に酷い。

ファンタジーやら実話を元にした作品などでも性格の悪いキャラや悪人として描かれることがあまりにも多い。おそらく病名が違う可能性だってあるのは分かっているし、ハリーポッターなどで正義側として活躍する人だっているのは分かっている。

 

けれど、小説や映画、果ては二次創作などで小人症が悪役として描写されているのを度々目にしてきた私としては『いつまで悪役にされなきゃいけないんだろう』というのが、この病気で最もしんどいところである。悪役にしたいのであれば他の特徴を持つ人だっていいじゃない。

なんで判で押したように小人症=人を欺き、狡猾で自己中心的な非道を平気で行う悪役という存在としてばかり描かれなきゃいけないんだろう。

 

同じ【障害】の括りにいるはずなのに、身体障碍や知的障害などは不幸にしてはいけないという条約でも結ばれているのか?と疑いたくなるほどその病気をモチーフとした作品では幸せなエンディングを迎えるものをよく見聞きしている気がする。

もちろん世に出ている作品すべてに目を通している訳ではない。

けれど、あまりにも私たちの病気の人と扱いの差が酷い印象を受けてしまうのだ。

 

エスターという映画をご存じだろうか?

実話を元にした猟奇殺人の映画だという。

殺人鬼は私と同じ小人症で、私は観たらどういう気持ちになるのだろうと名前や内容を薄っすら頭の片隅に起きつつも、視聴するのに何年も掛かってしまった。

 

ただ、視聴後はとても胸が苦しくなった。

レビューなどでよく悪鬼や非道だと形容されるエスターのことをどうしてもそういう風には観れなかった。

彼女はただ、人間として女性として生きたかっただけなんだろう。

まるで精神異常者のような描写シーンもあったが、あの苦悩について私も共感出来てしまった。

『どうして私は普通になれない、どうして人並みになれない、どうして私はつま弾きになるんだ!?』という発狂したくなる衝動を幼少期から常に心の隅に抱えているからだ。

エスターや私のせいではない病気のツケをどうして私たちが背負わなきゃいけないんだ。

どうしてまともになれないんだって苦しみは痛いほど共感して、何の苦労も背負わずまともに生きる人間を僻み憎み殺してやりたくなる醜い衝動すらも理解できた。

最後には「エスター、最後の一人だ!頑張れ!!w」と応援する始末だった。

 

何年経とうと少女の外見から変わらないエスターをまるで化物のように評されているが、私も子供の頃から自分は20歳を過ぎたらバケモノになると思っていたので『やはりこれが世間の目なんだな』と残念ながら腑に落ちた。

私が上記の様に感じたのは小学生時代に恥ずかしながら私も自分より症状が重い小人症の人に大して指を指して笑ったことがあり、その際、同じように笑っていた兄がハッと我に返って「笑うな!」と叱責し、そこで漸く指を指されて笑われた人が将来自分が行き着く先の姿なのだと実感した。

それ以降、同じような症状の人を見ても同族だなとしか思うことはなくなり、逆に彼ら彼女らをギョッとした顔で二度見三度見する周囲の人の反応を嫌でも目にするようになったからだ。

 

何不自由なく生まれた一般人からしたら周囲と溶け込めないほど普通と違う私たちは異様な存在に見えるんだろう。

幼い頃は子供という枠組みで守られ、街中では子供や学生と思われ紛れ込めているのだろう。

だが、社会に出て会社員という【組織】に入ると途端に私たちは周囲から浮くらしい。

なんと言葉にすればいいのか難しいが、制服を着ている限り世間の【一般的】から私たちの容姿は外れて見えるのだろう。私も奇異な目で見られることもある。、

 

なのに、だ。

 

幼少期から高額なホルモン治療をし、生涯を通して生活で不便は強いられるのに世間からは何一つ配慮されない。特別配慮しろ!という訳ではないが私たちを置いてきぼりにして他の障碍者には税金を使われたり、最近じゃ色弱には紙幣やら街中の設備などで配慮され出したりと鬱屈してしまうことすらある。

 

ただの妬みでしかないけど、まるでお前たちは認知していないという世間からの疎外感を嫌でも感じる。

そんなわけで、人として子を成すということは上記につらつら書いたしんどい経験すら引き継ぐことになりかねないことだと私は考えている。

人生くらい少しでもしんどいことは少ない方がいい。

 

それを理解している障碍者はどれぐらいいるのだろう、と周りの反発を押し切り無理に子供を作ろうとする障碍者の夫婦やカップルのニュースを読むたびに思う。

 

人としてどうかと思われるだろう、そういう人達は我が母のように頭の中がお花畑なんだろう、としか思えない。

好きで我が子を地獄に突き落とす人間の気持ちなんて理解したくもないからな。