草刈りしながら色々考える。考える葦であるってことですか!?





ここ数か月、気分が晴れない時が多い。原因は分かっている。解決に至らず抱えてきているから。自分の信念か、誰かとの幸せな一時か。
時間に縛られること、信念を曲げることが心的負荷を感じる。それに晒され続けている。優先順位を入れ替えなければならなくなる。自分が崩れていくような気がする。

草や虫を敵にしない,,,草や虫を殺さないと言う訳ではないようだが,,,草を抜くこと、つまり草の命を奪うことに抵抗感を覚える。自然界の生物は他の生物を殺す。恨みがあるからではない。憎いからでもない。只、自分が生きるため。そうやって人も含めて生物は生きている。それは自然の摂理。殺すことが罪なのは社会において人、もしくは禁止された保護動物を殺すという人間界で作られた決まりであることが分かる。自然界は弱肉強食の世界である。生きる知恵を求める探求心、命を頂く覚悟がなければ、より一層厳しい世界である,,,というより生きることが不可能である。
余計な、無駄な殺生は避けたい。しかし無駄とは何か,,,希望は栽培が上手くなれば殺生を最小限に抑えられるということである。そのためにも日々成長していたいと思う。ただポケ○ンの裏技のように一気に100レベルまで上がることは無い。諦めずに積み重ねていく他無い。胸を張れる生き方、矜持ある生き方をしていたい。正しく美しく生きることが大事やなと思う。心優しき泥棒や海賊も霞むように振り切って生きていかないとあかんな~。

ところで、自然保護についてだが、大事であると思う。自然破壊、搾取する人間が生存しているから。
私が守る!と大きな声で言おうと思わないのは、本来自然は柔ではないとも思うから。守るのではなく破壊や搾取をすることを止めて、もしくは何もしないでおけば自然は勝手に回復すると思う。
自然を大事にしたいという思いについてだが、その思いは大事にするで良いと思う。そこで行き着く先は、その凄まじい自然の力、自然界の生命と同種族の人間の生命や生活のどちらをとるか。同種族という括りも人間の都合と思いながら、そんなことを迷い、悩みに到達した今日この頃である。どちらも大事にできることを選びたい。支配ではなく、共生。
未来へ続く~(ちび○子風)。感じるは冷たい風。笑