『あかちゃんうんだら、しんじゃうのぐすん


そしたら、、ぼく、弟いらない。


ずっと、ママに生きててほしい。』



息子は、おうちに帰ってから、色んな感情を話し始めて、お友達の心配や自分の不安や、悲しい気持ちや、死んだらどうなるのか、、、とか。



『れんくん、、、産んだって死なないよ。


ママ達はみんは産んでるけど、いるよね?


ユリさんは、、滅多に起きないことが起きてしまったの。


でもね、ママ達は、みんな命がけで産んでるんだよ。


前にも少し話したけど、、ママもれんくん産んだ時は、ちょっと大変だったの。お友達のママ達も、楽に産んだ人はいないんだよ。


それくらい命かけて産んだから、我が子がとってもかわいくて、自分の命と同じくらい大切なんだよ。』




息子は、号泣しながらも、



うんぐすんうんぐすん



とうなずき、そして、




『・・・ママ、、、うんでくれてありがとう大泣き




と、言われました。。




まさか、7歳の息子から、心のこもった

産んでくれてありがとう

と言われるとは、思いもよらず、、



そのあと息子を抱きしめながら、

二人で、泣きつくしました。。。







翌日から、息子はいつも通り元気いっぱいの生活に戻りましたが、、



でも、この日から



弟が欲しい




とは、一切言わなくなりました。




私も、二人目についてのモヤモヤしてた考えが、少しずつ変化していきました。





実は、

私は息子を出産したとき、

麻酔の医療ミスにより、脳脊椎液減少症からの急性硬膜下血腫を発症したのです。


血腫により目の神経まで圧迫され、視野欠損や複視の症状もあったのと、、尿道カテーテルから細菌感染も起こし、腎盂腎炎にもかかり、高熱、激痛、吐き気、めまい、と、、、寝たきりで苦しい産後でした。


幸い手術の必要はなく、後遺症も残らず、元の生活に戻りましたが、二人目を出産するときは、

リスク患者として、全ての科が揃う大きな病院で出産するよう言われております。



忘れてたわけではないけど、



少し前までは、、それでも、無事出産できるでしょ、、て思っていました。




でも、そんな私が、高齢になって、

2人目どうしようかな~なんて、気軽に言えることでもなかったし、、


心の奥底では、最初の出産がトラウマになっているのも事実。



ユリさんのこともあり、


私は命の重みについて、深く考えるようになりました。






そして、

息子と深い話をしたことで、




息子の成長をずっと見たい。




強く思ってしまいました。




母としては当たり前の願望ですが


ユリさんの叶えることの出来なかった願いを


願ってしまって申し訳ないと思ってしまうほど、



この先の成長を見たい赤ちゃん泣き



と思ったのです。。。




リスクを負っての出産はもう考えられず、



息子の兄弟が欲しいという願望を叶えてやることはできませんが、


ずっと生きてて欲しい、


という願いは叶えられるよう、



まずは元気な母であることを目標に、


時間を大切に、育んでいきたいと思いました。。。






少し重たい投稿が続き、全くジャンル違いで、

申し訳ありません。


ただ、私の中では忘れられない出来事で、


出産が命がけであることは、今も昔も変わらないということ、


現代でも、無念のまま亡くなってしまった母親もいるということ、


改めて、当たり前の生活が幸せだということ伝えたかったです。。。








明日以降は、


また、夫とのレス生活投稿に戻りたいと思います真顔