病室のベットで横になるしかない私は、主人からの連絡を待っていました。

でも落ち着く事も出来ていました。

幸い個室で、携帯の使用を許されいたので

「肺に羊水」

というワードで検索をかけ、同じ状態の赤ちゃんが、数日後には回復している例を沢山知る事が出来ていたからです。


なかなか連絡のつかない主人。
大丈夫なはずなのに。


夜7時過ぎ
やっと連絡がとれた。

「どう?」

「今、横浜」

「なんで!?」

「違う病院でもっと検査するって。また連絡するから待ってて。」

待つ。待つ。
ひたすら待って...。


主人が戻った時には、日付けが変わっていました。


『完全大血管転移症』


持ち帰った診断書にはそう書かれ、期待していた「回復」というものが想像つかないものになっていました。

薄暗い病室で、担当医も加わり、これからについて話し合い...。


母乳育児を推奨する次男の搬送先の病院では、私のベットも空けてくれているんだとか。

担当医は手術翌日の移動に難色を示していたけれど

「次男をひとり、離れた場所に置いておけない。」

という、私達夫婦の気持ちから
翌朝、次男の所へ私も搬送してもらう事になったのです。

『完全大血管転移症』

そのたいそうな病名に、言いようのない不安と共に、何処か他人事の様な気にさえなり..。

どうやって朝を迎えたのか。
眠る事もできず、とてもとても長い夜を過ごしたのでした。