妊娠にかかわるお話です。
ご自身で判断して、お読みください。デリケートな話題にもふれています。



半分くらい明るい未来を信じ、半分くらいはこうなることを覚悟している自分がいた。

それは、自分の心が総崩れしないための防御策だったと思う。

職場には、人事のことがからんでくるので、伝える必要があったが、いつも、無事に出産までたどり着けるかはわかりません。と枕詞のように添えていた。

幼稚園のママたちにも、必要最低限の友だちにだけ伝えた。つわりがひどすぎて、明らかに体調が悪すぎて、みじかな友だちが心配しすぎてくれたから。

最低限、必要なものだけ、買い足した。下着も最低限だけ。パジャマとか、買うのはとどまった。

子どもたちを悲しませることになることを危惧して、いまだなお、赤ちゃんがきたことを伝えられていない。つわりからずっと、長い間、ママはお病気ということになっている。結果が出てから、伝えようと思っていた。


そんなこころもちがだめだったのだろうか。赤ちゃんを100パーセント信じてあげなかったことが、だめだったのだろうか。

そんなことがぐるぐる頭をかけめぐっていた。

結果を聞いた日の夜、お風呂に入ったら、涙がとまらなくなった。


くやしい。
かなしい。


つわりにも耐えた。4度目のつわりも、やっぱりきつかった。げろげろ吐いた。
つわりがだいぶましになってきたら、今度は花粉症。ひどかった、今年は。薬を飲まないで、がまんして乗り切った。薬をのんだり、目薬をさしたりする子どもたちがうらやましかった。目薬ですら、がまんした。
インフルエンザが家族内感染したときも、強い気持ちで乗り切った。
わたし、じゅうぶん、がんばった。

がんばっても、がんばっても、叶わなかった。



「努力じゃどうにもならないこと」

主人が言った。


そして、わたしのせいで、赤ちゃんを苦しめることになってしまった。