親戚に不幸があったので急きょ休みを
もらって葬式に参列してきた。
場所は亡き父が生まれ育ったところ。
約30年前に父親と来て以来である。
その前は小学生の頃にさかのぼる。
今回は母親と2人でやってきた。
母親と山道を歩きながら子供の頃、
そして30年前の記憶をたどる。
左手の家は祖父の親元の家。
右手の林の手前に祖父の家があったけど、
今は取り壊されている。
取り壊された後は黒豆の畑になっていた。
子供の頃はここにあった家に泊まった。
当時の庭の前に流れていた山水のせせらぎ。
ここで西瓜やジュースを冷やした。
その頃は水の中にイモリがたくさんいた。
小さな魚も泳いでいた。
祖父の親元の家も崩れかけている。
今は農文塾という体験型の研修施設として
市が管理運営している。
小学3年のときにここで誰かの葬式に出て
この家から墓まで棺桶を運んだ記憶がある。
山道を上る途中にある一族の墓。
左半分は土葬の墓。
小学生のときに運んだ棺桶はそのまま
ここに埋められたはず。
右半分にある墓石は全て同じ
「○○家之墓」と彫ってある。
でも、祖父も父もここにはいない。
父は祖父が亡くなった時、
この地ではなく、自分が人生の大半を
過ごしてきた大阪に墓を作った。
そして自分もそこに眠っている。
まわりは全て山。
平らなところは畑か田んぼ。
すでに収穫が始まっていた。
山道の入り口にたっていた案内板。
5歳のときに母親を亡くし、就職するまで
父親と2人でこの山奥に暮らした父は、
ここはつらい思い出ばっかりやから
あんまり行きたくない、と言ってた。
私は私でこの10年ほど、父と一緒に来たいと
ずっと思っていたのにいつも後回しにしてきた。
結局、その機会なく2年前に父は亡くなった。
「一緒やないけど、やっと来たで」
おそらくもう来ることはないと思うので、
しっかりと眼に焼き付けて帰ってきた。









