しんみり | ●○しゃちょうのひとりごと

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親戚に不幸があったので急きょ休みを

もらって葬式に参列してきた。

場所は亡き父が生まれ育ったところ。

約30年前に父親と来て以来である。

その前は小学生の頃にさかのぼる。

今回は母親と2人でやってきた。

母親と山道を歩きながら子供の頃、

そして30年前の記憶をたどる。



丹波13

左手の家は祖父の親元の家。

右手の林の手前に祖父の家があったけど、

今は取り壊されている。



丹波1

取り壊された後は黒豆の畑になっていた。

子供の頃はここにあった家に泊まった。



丹波3

当時の庭の前に流れていた山水のせせらぎ。

ここで西瓜やジュースを冷やした。

その頃は水の中にイモリがたくさんいた。

小さな魚も泳いでいた。



丹波2


丹波9

祖父の親元の家も崩れかけている。

今は農文塾という体験型の研修施設として

市が管理運営している。

小学3年のときにここで誰かの葬式に出て

この家から墓まで棺桶を運んだ記憶がある。



丹波6

山道を上る途中にある一族の墓。

左半分は土葬の墓。

小学生のときに運んだ棺桶はそのまま

ここに埋められたはず。

右半分にある墓石は全て同じ

「○○家之墓」と彫ってある。

でも、祖父も父もここにはいない。

父は祖父が亡くなった時、

この地ではなく、自分が人生の大半を

過ごしてきた大阪に墓を作った。

そして自分もそこに眠っている。



丹波11

まわりは全て山。



丹波10

平らなところは畑か田んぼ。



すでに収穫が始まっていた。



丹波14

山道の入り口にたっていた案内板。



5歳のときに母親を亡くし、就職するまで

父親と2人でこの山奥に暮らした父は、

ここはつらい思い出ばっかりやから

あんまり行きたくない、と言ってた。


私は私でこの10年ほど、父と一緒に来たいと

ずっと思っていたのにいつも後回しにしてきた。

結局、その機会なく2年前に父は亡くなった。

「一緒やないけど、やっと来たで」


おそらくもう来ることはないと思うので、

しっかりと眼に焼き付けて帰ってきた。